異端審問総長官のいるこの街区は真実省と呼び習わされている。それは空中に浮かぶ岩で出来た要塞で、内側には、迷いそうな通路と、投獄されたら死ぬまで出られない独居房とが穿たれている。
「いつも思うけど、ここへ上るのは厄介よね。苦手な魔法に包まれると胃がシクシクするもの。それに空気も薄いし」
アンダリン・ハーディルは法務院からの連絡事項をまとめて、総長官にその報告をしに戻るところだった。
テラス状の足場に到着すると、階級違いで仲良しのアルベラ・サラムが「相変わらず大変そうね」と会釈を返してくれた。
「さぁ~て、困ったね。これから楽しいお茶の時間なのに」
総長官は自慢の逆毛と濃い顎髭とに代わる代わる手をやって、やせすぎの体に鎧が食い込むのを気にしながら、他の部下がいるのもかまわずに、戻ってきたばかりの小柄な秘書に低い声で言った。
「それで、こんどはどんなヤツなの。その作家ってのは」
「はい、四十過ぎの、帝国人です。いかがわしい劇を、上演した廉で、二度、書類送検、されております」
アンダリンはいつものように控えめを心がけながら、上司がはっきりと理解できるように滑舌に気をつけて言った。
「仕方ないね。あってみるよ」
一番弟子のカシウスは、劇作家が言い残した“夜馬車”を頼りに、カジートの店主がその名前だという本屋に出かけた。
「あなたがヨバシャさんですね?」
「そうだ。ジョバサに何か用か?」
そのカジートは、少年がこれまでに会ったどのカジートよりも言葉が不自由に思えた。特に彼らは自分のことを“私”や“僕”と呼べない。
「実は…」
少年の必死な説明が実って、言葉が心配だった相手は経緯を理解してくれたようだ。
「あぁ、そうかぁ。それは困ったな。ジョバサの友達、なんとかできるやつ、いるかもしれない。明日の今頃、また来て。いいか、尾けられるなよ」
こんな子供じみた会話しか出来ない猫もどきに、尾行されるな、なんて偉そうなことを言われて、カシウスは少し不機嫌になった。尾行もくそも、この店を見張られていたら、それでお終いじゃないか。なんだよ、ばか猫。
「きみねぇ、こんなもん書いて。許されると思っとるの?」総長官は出だしの数行を読んで眉をしかめた。「だいたいヴィヴェク神を、」
彼は声をひそめてから続けた。
「殺しちゃうと、この真実省が落ちちゃうんだよ。きみの住んでるカントンだってペッチャンコだ!」
彼はペチャンコというところを強めようと体を揺すったので、暖かいお茶の入ったカップから中身がこぼれた。
「もっともぉ、生き神様を殺すなんてことは、でっきない~~」語尾は嬉しそうにお茶をすすったのでよく聞こえなかった。「きみ、どおしてモロウィンドに来たの? シロディールで書いてれば、そこそこ人気出たでしょ?」
ようやっと自分の番が回ってきた劇作家は正確に伝えようと思案した。
「それは、長い話です。妹が…」
異端審問総長官は制止した。
「ああそう、長い話はご・め・んだよ。あたしは劇が大嫌いなの。ばんぺ~い! こいつ連れてっちゃって!」
劇作家は、甘ったるいお茶の匂いが充満する取り調べ兼執務室からは脱出できた。
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