ヴァンジャーラというカジート商人が婚姻の儀に必要な一切合切を用意した。ロード・インドリル・ネレヴァーが、モラグ・マールまで彼女の同業者仲間パウアを連れて行ってやって以来の縁だという。
「んま、おどろくねぇ。あの人がネレヴァーだったなんて。でも思ったより怖い人でなくて助かったわよ。世間では生き神殺しとか言われてるのにね」
パウアから取り寄せた花嫁衣装は素晴らしく、例えるなら、奴隷女を名家の淑女に変えるほどの魔力があった(言うまでもなく、我が妃は奴隷の出とは無縁である)。そうした魔力に頼らずとも、妃の可憐なカンベリーのようなお姿は、その場にいたアルゴニアンとカジートを除く全男性を魔法にかけた。
式典は二つの月が満ちる珍しい夜に、港湾都市イボンハートで行われた。ここは帝国のモロウィンド植民における最重要拠点である。我らが殿、ネレヴァーは会した一同を静かに見回した。その赤い両目に真っ向から異論を唱えられる者は、この島には居ないだろうと、私は書記として全てを記録しながら感じていた。
列席者には三大名家の代表と評議員の多くが含まれていた。我らがネレヴァーは生まれ変わりのネレヴァリンであることを否定し、なお且つトリビュナールの生き神を殺めたので、三大名家から戦時下の英雄“ホーテター”としての資格を認めて貰っていない。名家の彼らは意見を集約することはせず、協調する姿勢も一切みせていなかった。
「ヴィヴェク神の命を奪った時、おまえは運命の囁き声を聞いたはずだ!」レドラン一族のクルセイダー、ボルヴィン・ベニムが挑むように叫んだ。我がネレヴァーは式を遮ったその許されざる虚勢に静かに応える。
「あれか。私にはむしろ建て付けの悪くなった運命の扉がようやっとこじ開けられた音のように感じたぞ」
「フン、茶番以外のなにものでもありませんな! 失礼ながら、あんな小僧がカイメリの指導者だったなどと、誰が納得できると言うのですかね!」とテルヴァンニの大魔道士ゴスレンが、魔法で具現化された額縁の中から、吐き捨てるように続けた。実際に列席しているマウスの面々も口々に同意を漏らした。「実にけしからんですな!」
「そうでもなかろう。誰も退治できなかった第6名家に引導を渡してくれたのなら、喜ばしいことじゃ。ネレヴァー本人であるかどうかは放っておこう。あたしは支持を表明するよ、お若いの。我が一族と共にインドリル家を再興させようじゃないか」フラル一族の変人クラシアス・クリオが言う。イボンハートの公爵ベダン・ドレンはそれを浮かぬ顔で眺めている。
再び静かな、だが芯の強い、恐ろしい声で、我が主ネレヴァーは言った。
「誤解をしてもらっては困る。私は誰にも認められる必要はないのだ、ご老体がた。ネレヴァーであることの証は、この肉体に流れる血が示すであろうぞ。疑う者は挑むがよい。我の血潮を浴びて確かめよ」
それを聞くと、レドラン・クルセイダーは引っ込みが付かなくなった。自尊心が傷つけられた命知らずの若い衆も手を貸そうと立ち上がった。
アリス・ユララニエ妃の顔はスローター・フィッシュに噛まれた時のように真っ青になった。伝承の通り、最強のカイマーであっても、ロルカーン・ウォー--ドワーフ族が地上から消滅した戦争である--の古傷が残っている。彼女は彼と寝所を共にしたときに、その傷を見た。それに、生き神から奪ったレイスガードを身に着ける際に、ネレヴァーは相当深手を負ったのだ。代表達はこれを知っているのだろうか。
会衆はこのとき初めて、ドワーフの名工が作ったというサンダーの轟きを全身で感じた。このカグレナク製の片手持ちハンマーは、レドランの屈強なウォー・ダーゾグのごとき若い衆を一人また一人と潰していった。
「左手の籠手を狙え!」テルヴァンニの大魔道士ゴスレンが殿の弱点を突く。「それを奪えば、やつは自ら死ぬ!」
殿は左手で短剣キーニングを鞘から抜くと、レドランの猛攻から左腕をかばった。死線を何度もくぐり抜けてきたネレヴァーに、砦での訓練がせいぜいの若い衆が実力で敵うはずはなかった。
しかし、我がネレヴァーも古傷が堪えたのであろう。左腕への偶然の一撃が、たまたまレイスガードの手甲を直撃し、殿は振るっていたキーニングを取り落としてしまった。
レドランのクルセイダーはしたりと、目の前の床に刺さった短剣を抜こうと手を伸ばした。
「いかん!」大魔道士ゴスレンが短く叫ぶ。「触るな!」
遅かった。短剣を掴んだクルセイダーはその場で凍り付き、不死の者でなければ耐えることが出来ないという恐ろしい衝撃に体の内側から貫かれた。
最期の猛ダーゾグを潰した殿は、クルセイダー・ボルヴィン・ベニムに近づくと聞いた。
「おまえはこのままだと死ぬ。短剣を取ってやろうか?」
クルセイダーが目を大きく見開いたまま短く頷いたので、我がネレヴァーはそれに応じた。
その場にいる全員が、ブルネッチのように床にうずくまった哀れなクルセイダーを見た。それ以上、慈悲深き我が殿に歯向かおうなどと考える者はいなかった。…少なくとも、公には。
つづく
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