第1シーズンでのやり残し アッシュがレヴ・ズボフの殺害をシェリス・ニューランド博士に頼んでいた伏線が回収されていない。アッシュは内通者として協力すると約束していたが……
フリンが新しいスタブを作るために乗り込む直前か、もしくはほぼ同時に、レブが殺される場面があったのだろうと推測する。
終盤でバートン(のペリフェラル)が出てこないのは、レヴ殺害を食い止めようとしたか、逆ハックされてレヴ殺害に加担してしまったか、辺りではないか。
エンディング後のレヴ・ズボフの会談が何を意味するのか今ひとつ曖昧だったのは、多分そのためではないか。つまり、枝分かれではレヴは生きていることになり、シェリスに代わってリサーチ研究所を掌握することになるのかもしれない、という含み。
コーベル・ピケットの覚醒とトミーの闇落ち、ジャスパーの昇進は第2シーズンに持ち越しでも通じるが、その前に、“匂わせ”の場面があってもおかしくなかった。
第1話を改めて視聴すると、全て先んじて描かれていた。裸足の10歳のアリータ(※)が2099年の時点で別の世界を救いたいとウィルフに告げているし、ビリー・アンはクリーンの車で送迎されている(3Dプリンターの店に勤めているわけではない)。ジャスパーについてもフリン母などから、再三言及されているし、ジミーズの酒場に同席していることに気が付く。メイコンとエドワードのgeek二人組もしっかり登場していて、名前の言及があり、その上、依頼されて材料からヘッドセットを作ったのは彼らだ。細かいところでは、フリンが鎮痛薬の錠剤を買おうとする場面では、吹き替えに「ジョン薬局(Pharma Jon)で買えばいい」と訳出されていた。
ペリフェラルに乗ったフリンがマリエルを口説く台詞はビリー・アンが言っていた内容そのままだった(ライオンが白鳥になった以外)。――初回視聴時にはたわいない雑談として聞き流してしまっていて、その由来が分からなかったものだが。
※字幕だと靴底(sole)と魂(soul)が訳出されて、映画「スタートレックIV故郷への長い旅」(下記)みたいな洒落を披露している。
McCoy: I mean, I may have carried your soul, but I sure couldn't fill your shoes.
足裏(魂=カトラ)は運んでいるかもしれんが、君の靴(職務を引き継ぐこと)は無理だしな。
Spock: My shoes?
私の靴が何です?
McCoy: Forget it.
もういい。
コナーの件は、ニールが「事前に(負傷した動物が利用されている)情報があったのに、俺たちが信じなかったせいだ」バートンが「いやもっと複雑な事情だった」などと言ってる。
さて、ドラマ版が良かったので、世界をもっと深く知りたいと小説に挑戦してみようかとカスタマーレビューを読んだところ、ギブスンのあの文体にさじを投げた人がとても多い。チバシティが出てくる既訳の小説版も、確かに苦心していたっけね。
時代は違うが、カットバックのバロウズみたいな変化球なんだろうな。wikipediaでギブスンの生い立ちを調べると、やはりビートニクの洗礼を受けている。
あるいはギブスンはもしかすると、バロウズと同様に、普通の文章が書けない作家なのかもしれない。だから、書けないところを逆手にとって、彼しか書けない文体という強みにしたのではないだろうか。
1984年にニューロマンサーを上梓した貢献は、往事のバロウズのように評価されている。インターネットを予見していたり、サイバーパンクとサイバースペースの概念を創出していたり、マトリックスという語を用いてまさに映画マトリックスの原型と呼べる登場人物やよく似た背景世界を構築したりしている。
ペリフェラル第1話を見て思い出したのが、映画トロン・レガシーの夜の町を疾走する主人公のバイクであった。フリン(オリジナルの映画トロンの主人公の苗字)という名前やサイバースペースに乗り込む(ジャックインする)というくだり、サイバーパンク黎明期にギブスンの周辺でも活発だった雰囲気や、当時の映画に活用されたとおぼしきアイデアを、積極的に再利用(逆・流用)しているという現象だろう。
また近年、政治思想的な意味合いでも、彼の過去の著作の知名度が影響していると考えられる。サイファーパンク(Cypherpunk)やサイバー・リバタリアン(テクノ・リバタリアニズム)はギブスンの曰く付きの未来社会からの現実への浸透か、あるいはその前兆と受け取れなくはないだろうか。
ネオプリムとクレプトという政治的集団には、テクノロジーによる社会構造の変革がくることを予期した作家らしい創造性が発揮されているに違いない。(だから小説版を読みたくなるのよね)
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