これはちょっと面白そう。
「異世界で頼りにされたい? ゲームの主人公のように?」
――キャッチコピーを作るなら、さしずめこんなところ。
原作がW.ギブスン(邦訳なし)――日本ではSF小説の翻訳はとうに廃れてしまったようだ。監督はヴィンチェンゾ・ナタリ――そう、CUBEの人。私のお気に入りのウエストワールドも監督してる。
最初の30分で分かりやすい背景説明と“臭わせ”がある。小説ではないから、言葉で説明されていないが、十二分に想像できる。
※以下ネタバレあり
フリンの兄バートンは軍事徴用か何かに参加した過去があって、体内に埋め込まれたサイバー処置の後遺症に悩んでいる。ハプトッシュとかいうのがおそらくそれだろう。ジミーズの酒場であった片腕の黒人コナーはそのときの同僚兵士というわけだ。悪くすれば手足を失うほどの戦場を無事に帰還できたものの、PTSDがあるのが兄だ。
そして、兄妹の母は寝たきりで痛み止めが要る。兄が自分の鎮痛薬を回していたという事実を妹が知る。薬局に行けない理由は社会保障制度(医療費が高くて払えない)か貧困か、そういった理由なのだろう。介護問題に絡んで、この場面に共感する層は現代では相当数に上るはずだ。
※第1話をお終いまで見ると、もっと詳細で正確な情報が判明するが、現時点ではこのように(不正確なままに)受け取れた。
ご多分に漏れない昨今の女主人公の物語だが、兄のアバターを妹が着るというイカしたバーチャル・センスがある。
2099年のロンドンでの出来事を、2032年の北米にいる主人公の助力を借りてどうにかする、というのが主旨らしい(オープニングでも象徴的に地球儀の2カ所が繋がる画が出てくる)。ここでの仮想世界は、ちょっとしたタイムリープにも似てる。
薬物を取り仕切るチンピラ(ストリートギャング)の親玉(ピーター・アバナシー役の人)が直々に姿を現して、子分どもを意に従わせる場面はさすがにドラマ的で安っぽいが、理解しやすい説明だということで、ここでは目を瞑ろう。
確かに目の摘出場面は心理的にイヤなものだ。私も、こういうのは苦手だから、画面を手のひらで隠して視聴した。メスが入る場面はきわどいが、直後の眼球がおもちゃのようにぽろっと取れるところは、出血もないため、想像ほど酷くない。いかにも作り物然としている。つまりは、それが演出意図というわけである。
2099年のロンドンは、遠景でのモニュメント――ギリシア風彫刻とビルディングが一体化している――を除いては革新的な映像にできない理由があるらしい(多分に金銭面か)。なので、街頭はただのロケにしか見えないが、それをモニュメントの意匠である古風なスタイルを既に見せていることで納得させている。
エヴァの元ネタのひとつでもある、コードウェイナー・スミスの人類補完計画みたいな雰囲気が明かされていく。――エレベーターで見たクジラ、のとこね。
そして、本筋が明らかになっていくわけだが、アクション主体のサスペンスのようだ。この表現方法で話数を費やすとなると、質を維持するのは専ら脚本になる。現に閉じて狭いセットは既にチープに見えた(照明や画角などのショットに起因する為だろうか)。VFXはそれなりに維持されているが、この先どうなるだろう。
既視感としては、ターミネーターのサラ・コナーだ。異世界からの影響を受けて、現実が危うくなっていく。
第2話 ペリフェラルと呼ばれる人造物は、既知の固有名詞だとサロゲートだ。PC機器に準ずるギブスンらしい命名か。つまり、新しい概念ではなく、アメコミで既にやられている――そこに、違う時空(タイムリープ?)を加えたことだけが新味だ。
組織対組織に巻き込まれる主人公の話は、あまり面白くならない可能性が高い。なぜなら、そういった構図の活劇はこれまで幾度となく作られてきたから。
主人公フリンの個性的な役割と、どうして2032年と2099年(※)なのかを、説得力を持って展開できないと、先行きは暗い。
※第1話のテロップは2099年だったと思うが、今回、2100年だとフリンの台詞で言及された。
理由がレディ・プレイヤー1だけではちょっと辛かろう。「仮想世界のような現実」の図では映画Matrixを超える作品(感性)はなかなかない――NeoはOneに違いないと信じるモーフィアスがいたから、成り得た(性同一性障害の監督が「今の自分は違う」という
感覚 から想起した物語かもしれない)。
フリンの場合は、母の病気を盾に強制的に協力を求められる。eスポーツの隠れた名選手がスカウトされたような図で、そこへの拘りや必然は弱い……かな。2032年では1stパーソンシューターはVR的になっているが、どうやら全身運動ではない。だから、未来の新しい装置で脳神経的に接続されたからといって、ゲームのように身のこなしがいいとは限らない。フリンは運動神経(前宙ができる)に加えて頭の切れる娘だという描写はあるけれども。
”You'd like my bona fides? ” 「私のボナファイドを見せよう」
――はぁ? ボナファイドって何? この世界の専門用語?
吹き替えでは、ボナファイドだけなぜかカタカナで残っている。字幕は「誠意を見せよう」。
「これが私の善意だ」 → もう薬を届けてある :こういうプロセスに基づいた訳であるべきだね。上司が言っていた「ボナファイドを使え」ってのは。ボナファイド=善意。
bona fideはラテン語で誠実の意味らしい。信用とか信頼、適正といった使われ方をするようだ。契約条項などで出てきても、あまり日本語では訳出されない。野球のボナファイドルールを知ってる訳者がわざとボナファイドを残して台本を書いたのだろうか。日本語訳としておかしく、不自然だろう。善意と訳しても辻褄が合うし。アマプラの邦訳はエクスパンスを見ても、しばしば雑である。
「過去改変について未来人はどう考えているのか」が、この手の問題では必須のはずで、フリンはそれを尋ねても良いかもしれない。たぶん、尋ねないだろうが。つまり、彼女が未来で活躍することと、母の病気を治すことは歴史において問題視されないのか?
「スタブと枝分かれのパラレルワールド」という意味のなさない解答だった。
適性ではひとまず合格のフリンが、どんな必然と動機から、ロンドンの未来人に協力するのか? 実はここが肝心だろう。Marvelヒーローものと同じだ。
この部分は今回ははぐらかされており、フリンも視聴者も未来人の動機を量りかねる。フリンはどうして自分が必要とされるのか、的を射た答えを貰えない。交換条件を絶対にするのが彼女のせめてもの想いだ。
「思いやりボーナス」は脚本上の巧みなキーワードとして機能している。こうした部分があるならば、ただのアクション・サスペンスで終わらない深みが続くだろう。
兄と妹の関係はなかなか上手く描けている。実妹がいるから分かる。
「お兄ちゃんはどうしていつもダメにするの!?」
兄の心配をよそに“有能な”妹は兄貴に食ってかかるものだ。
「でも、そのやり方では(現実のトラクターは)見つからない」
口答えしてくれるなら、まだマシなほう。ダメ兄貴の経験主義が、利発な妹の勘どころに負かされる。
コナーへの思いやりと助けて貰った礼を兄貴が返しに行く――いい筋だ。
コナーは見逃された哀れみへの返礼として、傭兵の残党をぶち殺した。
「気分良かったよ」
哀れみのことを言われたバートンは
「そいつは“思いやり”だ。俺にもよく分からない」――いい締めだと思う。
捜索対象のアニータは過去とのトラップドアを作れるらしい。繋げる方法は量子トンネル効果だという。これは光が粒子であり波だという理屈のこと。2100年のロンドンと2032年のClanton郡を結ぶタイムトンネルのことを喩えるには壮大なハッタリに思える。まぁ、深く考えてはいけない。
余談: Y'all あんたらは(あんたたちみんな)
南部英語でよく使われるYou allの略だそうだ。フレンドリーな言い方らしい。ある種の訛りで、フリンは生粋の南部人だ。吹き替えでは、日本語で敢えて主語を使うことはないため、訳出されてない。こうした情報の欠落が、ネイティブなら知りうる知識を(日本人から)削いでしまう。
”We can't afford Pharma Jon.” 「薬代が払えない」
Pharma Jonを検索するとギブスンのTシャツが出てくる。架空の製薬会社の名前ということらしい。ジョンソン・エンド・ジョンソンをもじったというところだろうか。困ったことに、邦訳では固有名詞として一言も訳出されていない。ジョークTシャツにするほど超有名なのですぞ! 意味不明のボナファイドはカタカナなのに! 翻って、この伝はフリンの世界がむしろ架空(仮想世界)……という示唆なのかも。
こうした恣意的判断は
JEDIサバイバーのポンチョ派 と全く同じ。原典の緻密な細部を、些末で混乱を招く情報として捨ててしまう訳者のお節介。いい加減やめましょうね。
stub スタブ
「我々が接触すると、過去はstubと呼ばれるパラレルタイムラインの連続体に速やかに枝分かれ(branched off)する」
――ということは、スタブの適訳は「切り株」だろうか。こうしたカタカナ語がSF嫌いを生むのかもしれない。原語なら、原語の本来の意味で通用するからね。ただし、スタブにはIT用語の意味もある(ギブスンなら、そこがミソ)。しかも、それは「本物が用意できないときに動作に支障が無いようにとりあえず置いておく代用品(IT用語辞典より
引用 )」。ほら、意味深。
ひょっとして、因果から考えると、フリンが関係することが2100年のロンドンでは既成事実なのではないか。フリンありきであの世界が枝分かれした。だから、彼女でなければならない。ドラマの流れでは、まだ、「バートンのアバターを着たフリンの目が、アリータの案内した地下施設で、何かの情報を収集したから」ということに留まっているけれど。
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