第8話はこの一連の作品における核心を(ようやっと)扱っていて、いかにスタートレックたり得ないかを体現しているエピソードでした。ジャット・ヴァッシュが懸念している事件・思想。それらに触れたアンドロイド研究の博士が言うセリフ云々。
※以下ネタバレ
冒頭、唐突にジャット・ヴァッシュの成り立ちが語られますが、まるで中世の魔女結社のよう――数百年の昔から続いているそうです。ロミュランってこんなに迷信深い種族でしたかね? スタートレックのロミュランとは思えませんし、全くセンスの無い設定だと思います。クトゥルフ神話の世界で起きた出来事にでもした方が向いているでしょう。
「警告の輪」の試練に耐えたことがジャット・ヴァッシュの共有する宇宙観だとしたら、おのずと構成員を減らしたであろう狂気の組織が、どうやってスターフリート深部にまで潜り込めるのか、とても疑問です。惑星連邦のセキュリティーはザルなんでしょうか。
ボーグが、例のロミュランによって再生されているキューブを遺棄した理由は、シャット・ヴァッシュに属していたラムダ(今回判明した事実=ナリッサ・リゾーの養母)が乗る船を同化した為のようです。つまり、恐怖を理解するボーグ。テクノロジーを求める彼らが異物を認めることはあったと思いますが、よりにもよってボーグすら恐れる体験をロミュランの記憶に見つけたから、とは。失笑モノ。
スターフリート最高責任者のクランシーに「宇宙のゴミだ!」と言ってのけるピカード。老人の痴話ゲンカのような言い争いです。視聴者やピカードにとっては第1話の雪辱に相当しますが、わざわざ汚い罵り言葉をロッデンベリーの意向に反して喋らせているわけですから、この作品自体がゴミにならないことを祈るばかりですね、パトリック。
リオス船長にとって、ソージの面影は何らかの忘れ形見のようです。それも忌まわしい記憶の。こういった関連付けと過去の暗い体験(登場人物の)ばっかりですよ、このドラマで使われる手法は。ホントに芸が無い。そして、全て説明セリフで開陳されます。
八枢機卿と八重連星系……ものすごく厨っぽい設定。
「自慢したいとか? ボク、こんなのできるよ!!」
独特な装飾を付けた見栄っ張りの薄っぺらい組織を山盛り登場させてくるのですから、もう胃もたれで、何も食べたくありません。
「いや使える。まずは彼らの受信機を再接続する。このキューブに限定的な集合体を作ればいい。動きを調整し、彼らをロミュラン兵に対抗させる」
「それはすごね、やって」
「これは同化だぞ。心を侵食して、自我を抑圧して従わせる。二度も」
「終わったら解放すればいい」
「解放を彼らが望みはしない。私も望まないかもしれない」
キューブのボーグテクノロジーがひたすら便利屋になっているだけです。いくらセブン・オブ・ナインを再登場させても、ドラマの質が上がるべくもなく……
「正直に言えば分からない。この気持ち分かる? 自分の中に大きな穴が開いてるの。ぽっかりと。たまごが好きかどうか聞かれても、答えるのが自分なのかプログラムなのか分からない」
P.K.ディック的なニセモノを、作り物である自我に見ているソージが発する言葉は、なんらかの精神疾患を抱えた者のそれです。そうした疑問は普遍的に、「自己とは何か」という哲学的な命題につながるはずですが、ここではひたすら個人の体験――データの存在した証し――にすり替えられて矮小化してしまいます。テーマの深掘りに失敗している例でしょう。
「もはや過去を持っていないと思うのか。それは違うぞ。君には過去がある。物語もちゃんとある。すぐにでも教えられるがね」
「データのことを言っているの?」
「データの娘なのだから、父はどうであったか。翻ってピカードをどう見ていたか」ではなく、「データたらしめていた人間性とは何だったのか」をピカードは説明するべきでしょう。人間とアンドロイドはそもそも違うのか、とね。陽電子頭脳に宿った人間性とは何なのか。人間は皆、自分に問い掛けるものだ、「自分の存在理由は?」と。
データにはローアという倫理観の欠如した双子の兄がおり、どちらもヌニエン・スン博士の似姿でした。やがてデータは念願叶ってエモーション・チップを搭載することになったわけですが、スン博士のダブルでもなければ、ローアの写しに成り下がることもありませんでした。最初は恐怖という感情に振り回されていましたが、やがて抑制できる(オフにできる)ようになったようでした。
常に人間らしい向上心を持った好人物だったのだ、とピカードは言うべきでしょう。その努力が彼を人間にさせていたと。エモーション・チップがなかったとしても、彼は十二分に人間だった、と。
「彼の感情表現や処理の能力は、残念だが非常に限られていた。その点は私も変わらん」
ピカードにこう言わせる脚本家はエモーション・チップが出てきた映画「ジェネレーションズ」のくだりを知らないのでしょうか。ピカードが自嘲気味に子供が苦手な自分(感情を出さないとクワト・ミラットの寺院でザニに言われた伏線がある)を、データのエモーション・チップに重ねているとしたら、この作品独特の思い上がりでしょうね。
この脚本家は「彼(データ)も(ピカードのことを)愛したはず」と、安っぽくお涙頂戴させることにしか、関心がないようです。
データがどれほど尊いアンドロイドだったかをピカードに言わせるのは感傷でしかないでしょう。想い出ビジネスと同じで。あの頃はよかった、それだけです。ヒューマニティーの限界を未来社会や理想に見いだそうとした過去作の精神を今回はわざと除外しておきながら。過去の栄光だけは利用して視聴者に訴えようとするのは、随分なまやかしです。
かつてのTNGのようなエピソードの核心となる教訓もなければ、例えば「ER緊急救命室」のような人間ドラマも醸成されてきません。「スタートレック:ピカード」はイタズラに謎ばかりひねり出し、銀河の端っこから端っこまで追跡させているだけです。どういう企画意図で作られたのか、甚だ疑問です。ファンからしてみれば、重大な背信行為と言えるでしょう。よくもまぁ、スタートレックという冠をつけられたものだと呆れますね。しかも、人気だったピカード(パトリック・スチュワート)を担ぎ出して、この有様だから。
「緊急なんとかホログラム」が今回もコミックリリーフです。ところが、いかんせん、他の土台がむごい有様なので、笑いを取るどころじゃありません。
ホログラムがやたら人間くさい世界であるにもかかわらず、アンドロイド(人工知能)は禁止という、わけが分からないダブルスタンダード。何よりもまず、ホログラムは禁止されない理由を説明する必要がありそうです。ジャット・ヴァッシュがホログラムを排除しないのは何故なのでしょうか。スターフリートの保安部長の責にある裏切り者がホログラムを野放しとは、これいかに?
「地獄を信じます? わたしもでした。あれを見るまでは。今は毎日死ぬことを考えてます。死ねば楽になれるから」
道理で。死ぬ美学が多用されて、過去の登場人物がポンポン安楽死するわけだ。こんなセリフをスタートレックの世界で聞くとは世も末です。
さらに、スタートレックで「地獄」ときました。TNGで登場する地獄の使者はまやかしの恐怖を与えるためにホログラムでねつ造されたものでした。科学文明の発展により、迷信の類いが明確に線引きされていたのが24世紀。オーヴィルでもそれは受け継がれています。
「それが起きたのは遙か昔。数十万年前。思い上がりのせい。ブルースが抱いたような…… 私たちは幕開けの場にいる。わたしはオウにそれを見せられた。今すぐ全ての人工生命を壊して、どんな小さな芽も摘まなければ!」
主人公が利用する人型ロボットという概念が日本で流行りだした頃、とりわけアメリカではキリスト教の影響下で、造物主の似姿として造られた人型を人間が造り出すのは不敬だから(ロボットは流行らない)、という理屈を聞いたことがあります。ジャット・ヴァッシュはまるでこの伝のようで、教義に反することを消し去りたいテロリストのようです。
「地獄がまたやってくる。そして、その幕開けとは……」
「セブチェネブが現れること。それは破壊者。……わたしよ」
スタートレックに対する破壊者は、この作品を造った人々でしょうね。かつて世紀末に流行った世界の終焉ブームのような体裁です。暗いディストピアと黙示録を結びつけても、少しもスタートレックにならないところが嘆かわしいばかりです。地獄を易々と信じてしまえる人々は、元来24世紀の地球にはほぼ居なかったでしょうから。
ソージにそっくりなジャナに、リオス船長は会ったことがあり、恩師アロンゾ・バンダミア艦長の自殺にも関係があるのでした。スターフリートの保安部から、特定の姿を持った人物を殺せと命じられており、それが娘の姿をしたセブチェネブでした。連邦士官だった頃のリオスに責められた艦長は自殺してしまったそうです。
リオス船長の苦悩は、またもや筋を肯定するだけの過去でしかなく、共感を寄せられる描写には届いていません。そんな屁理屈で伏線回収されましても…… つくづく雑な脚本です。
セブンとエルノアは一計を案じ、ボーグのユニットを活性化させましたが、真空の宇宙に排出されて失敗。ナリッサが一枚上手でした。(とりあえずは)
この辺りは視聴者を期待させてはぐらかす目的のトリックとして用意しているのでしょうが、派手な見かけだけで、だからどうした、というものばかりです。「セブンがボーグの臨時クイーンになるなんて? こりゃ凄い!!」とか、子供っぽいファンが喜ぶと思っているのでしょうね。
いや、むしろ、こうかな→「ボーグなんてエアロックから宇宙に放り出せば、イチコロじゃないか。ボーグの強さをありがたがるトレッキーって莫迦だよなぁ」
アグネス・ジュラティ博士は、オウ准将の(精神融合による)暗示で二度と殺しはしないと、ソージに決然と言います。ソージはピカードに吐露したときとは打って変わって、人間らしさの自負心を取り戻したように見えます。
「人間と言える? 理論上じゃなく。あなた自身が今こうしてわたしを見て話してみて。あなたと同じ人間だと思える? オウ准将にわたしも殺せと言われた。あなたにそんな機会は与えない」
この場面では、映画「ブレードランナー」のレプリカント:ロイ・バッティらが、その身体面での優位をバネに、平静な面持ちで無防備な生身の人間を殺す時と同じような、冷たい恐怖をソージに感じます。彼女はオウ准将をはじめとするジャット・ヴァッシュが宣伝するごとく恐ろしい存在に見えてくるわけですが、ならば、「データの娘」という免罪符とどう向き合わせるつもりなのでしょうか? せいぜい、やれることは一つしか無いと分かってきます。そこをどう裏切ってくれるのか。ここの脚本家連中にはあまり期待できそうにありません。ピカードとの絆が生まれた描写も足りないですし。
「わたし、人殺しはもう止めたの。それっていいことよね?」
あやまちで傷ついた登場人物ばかりを作中では描いているのですが、全然、報われていないように見えます。描写や演出がチグハグで。共感もできないし、ツボを外しているようにしか見えません。HBOの「ウエストワールド」シーズン2で出てきた“ティムシェル”のつもりなのかもしれませんが。そういった前振りが一切ありません。筋に都合のよいように動かされる登場人物。それだけです。
「誰も傷つけたくない。故郷に帰りたいだけ。向こうに着いたら、すぐに船を返す」
「君の気持ちは理解できるが、これは強引すぎる。俺達が手伝う――」
「何を理解できるわけ? 家族が殺されそうだったら、どうする? 家族を持ったことは?」
緊迫から一転。乗員達は互助の精神を発揮し、ピカードの号令一下、ジャナの故郷に行くことになりました。そういえば、第7話のなんとかいう老人の船長が出てくるのかと思ったら、番号だけの惑星という情報提供のみでした(もっとも、それすら今話では活かされてません)。第7話がただの挿入話に過ぎなかったことの証しでしょう。
アロンゾ・バンダミア艦長の自殺の真相があまりにもご都合主義だと察したのか、ワープ中の船内で、唐突にリオス船長とピカードが記憶を頼りに、彼は善人だったと言い始めます。
視聴者はポカーンではないでしょうか? 俺はそうでした。そんな蛇足をしても何にも足しにならない。もっと良質な説得力のある場面を作ってみて欲しいものです。説明ばかりのこじつけに飽き足らず、登場人物自らに、「(名前だけの)あいつはいい奴だった」と言わせてしまうなんて。最低の作劇でしょう。
「我々自身が自分を裏切っているんだよ。オウがバンダミアに命令を与えるずっと前からだ。あの禁止令そのものが裏切りなんだよ。オウやジャット・ヴァッシュが罠を仕掛けたわけなんだが、我々はそれを回避できたはずなんだ。恐怖におののく代わりに」
パトリックは政治信条をセリフに出したくてしようがないようです。もうウンザリですね! オウはどこかの国の大統領なのでしょう。
ところで、この作品には他では見たことの無い要素がいくつもあるわけですが、さりとてその良さも見当たらず……
・殺人の自首を宣言する女性研究者
・役に立たない看板の老人
・どんな情報でもいつの間にか知り得てしまう元副長
・古傷を話すと気持ちが安らぐだけでなく、前向きになる無邪気な船長
・殺人を止められず、それを通知しない緊急ホログラム
・エアロックに安全装置のないボーグキューブ
・精神融合を犯行指示に使うロミュラン=ヴァルカン
・故障するフェイザー
・心は子供、体は無敵のカランクカイ
・バイセクシャルの元ボーグ
などなど、数え上げれば切りがありません。スタートレックの定石を覆すアンチ的なワザの数々に、脚本家陣はさぞや鼻高々なのでしょう。
俺の中では、もう、どうでもいい作品に成り下がりました。これはスタートレックでは断じてないし、スタートレックモノでなかったとしても、相当の、いや相応の駄作です。がっかりするほどの。
余談ながら、米アマではウィル・ウィートンがホストのThe Ready Roomというショーがドラマと併せて配信されているのですが、日本のAmazonでは見当たりません。スタートレック:ディスカバリーの時は、一緒に「アフター・トレック」が配信されており、これは日本のNetflixで視聴できました。日アマは日本語字幕と日本語音声しかない点といい、Netflixよりも劣ると言えるでしょう。
もっとも、米アマでも問題点があり、スタートレック:ピカードを視聴したいなら、 CBS All Accessとのチェンネル契約を余儀なくされます。つまりprime videoに加えて料金を請求されるわけで、視聴者からは根強い反感を買っています。
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