ス ク ラ ッ チ す る D

blenderでモデリング、海外ドラマ感想、洋ゲーRPG、のことを綴ります

けものフレンズ一期を一気視聴

第一話には魅力を感じなかった。正直、つまらない。二話、三話は少し引き込まれて見ることができた。そして四話以降はどうしても飽きてしまう。ただ不思議なもので、ここまで見ると先がどうなるのかには興味が湧く。だから、我慢して「ながら視聴」を続けた。

12話の終盤で気が付いた。これはヲタクの為の「かいじゅうたちのいるところ(スパイク・ジョーンズ監督による実写映画のほう)」だな、と。

かいじゅうたち~は、もっと根源的な“気持ち(感情)”について描いているため、けもフレの優しさに満ちた世界では作り手のフィルターに違和感を覚える。ジャパリパークのフレンズは、褒めこそすれ、決して主人公かばんを傷つけない。

けもフレは、リハビリ中の引きこもりの子(かばん)が、フレンズとの共同生活を経て、自信を取り戻すことで現実世界に戻れるようになった、みたいなシノプシスに見える。

かいじゅうたち~も、主人公マックスが“かいじゅうたち”のいる島に漂着してキャロルらと仲良くなり、最後に島を去るというシノプシス自体は同じ。しかし――

マックスとキャロルの関係は、かばんとサーバルの関係よりも身近に感じられる。かばん達には嘘しか感じないが、マックスもキャロルもいかにもあり得そうな人格だからだ。

かいじゅうたち~には、子供同士の付き合いで生まれる様々な感情が、良い方も悪い方も含めて登場する。キャロル自身が問題行動を起こす気性を持っているし、ジュディスにはいじめっ子の素養がある。マックスだって弱いアレクサンダーを虐めてしまったりする。

好ましくない感情を抱くのは誰にもある普通のこと。妬んだり、意地悪したり、癇癪を起こしたり。気持ちの裏返しでやってしまうこともある。でもそんなときは素直に――他人や自分に――向き直ってみよう。そうすれば、心が洗われる。作り手による防衛網(フィルター)がなくったって、視た人は優しくなれるものなんだ。

一方、けもフレは麻酔コンテンツであり、昨今の生き方を取り巻くあまりのクソゲーぶりに絶望した人達をいたわるためのもの、と解説する方(語りの面白い漫画家 山田玲司さん)がいる。うん、そういうことなのかもしれない。エヴァのおめでとう!と同じだ。みんな、サーバルちゃんから「すごぉーい!」って言って貰いたい。

けもフレとかいじゅうたちのいるところの違い:

 + かばんはセルリアン(何のメタファーかな?)の脅威に対してフレンズと助け合うことができる。※加えて言うと、セルリアンに喰われたかばんはヒトに戻った(喰われたフレンズは元の動物に戻ってしまうらしい)。
 + かばんは新しいフレンズに出会いながら、仮想世界じみたジャパリパークを維持するために、いつまでも旅を続けることができそうだ。

 + マックスはキャロルと仲違いした後、仲間との関係を完全に修復しきれないまま、島を後にする。
 + マックスには領分を越えた世間を変える力はなく、そのことを自覚して向き合うのみである。

                 ◇

オレが思うに、実質、けもフレの価値はその二次創作性だろう。二次創作に格好の素材なのである。作りの安っぽさ、素人臭のする完成度。新人の比率が多い声優陣…… 

これらは一人で何かを作るときの最高の見本に思える。その上、期待されていない個人が出せたとしたら、偉業となる要素ばかりだ。かわいいけれど主流とは少しズレている個性的なキャラクター、見る者をほんわかさせる動物由来のしぐさ、種による争いのない平和な世界、SFっぽい裏設定、アンチなろう系の日常系……などなど。

オレも含めて、ヲタクはなかなか「かいじゅうたちのいるところ」を描くことができない。そういう関係性を拒否するのもヲタクであるからだ。その代わり、開眼したヲタクが新海カントク化することも不可能ではない……それがヲタクの夢でもある。
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[ 2019/03/03 18:17 ] 映画、ドラマ感想 | TB(-) | CM(0)
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