ス ク ラ ッ チ す る D

blenderでモデリング、海外ドラマ感想、洋ゲーRPG、のことを綴ります

ロバート・ゼメキス映画

コロナ禍の閉塞感で最近の映画を鑑賞しても、なぜだか心に響かない。一昔前の映画の方が、違う視点に気が付かせてくれる……気がする。

昔見たけれど忘れていた映画と、見ないでスルーしてしまった映画を今更視聴。以前と違う何か、あるいは今っぽい何かを自分の中に感じるかどうか。

フライト

「リコシェ」で精悍だった、あのデンゼル・ワシントンも、中年のぶよぶよが滲み出てきた、そういう辛さ。ハゲじゃなかった人が、遺伝子の通りに(つまり父親そっくりに)ハゲていくのを見るような。

初めて見たときは、序盤の、旅客機の神業的な着陸劇に目を釘付けにされるも、先へ進むと、これは一体何の映画なんだ?という疑問が渦巻く。

視聴者は、主人公による自力の更正を願いながら半ば見守るが、当然、そうはいかない。アル中はアル中だ。

画面横から出てきた手が、アルコールの小瓶をスパッと掴んでいくショットに「止めろ!」と誰もが言ったことだろう。

ここでは偶然、主人公は男性でアル中であるが、駄目な人間の典型としてはアレで正しい。だから、多かれ少なかれ、誰でも客観視すると思い当たる節があるに違いない。

クライマックスは、もともと善良な犯人が「捕まえてくれて良かった」と吐露するような刑事ドラマと一緒。

「あぁ神よ、私に力を」とマイクに向かって言ってしまうほどの葛藤が、とても正直に伝わる――主人公はさほど信心深そうではなかったから。

吹き替えの小山力也さんの声だと、ジャック・バウアーならともかく、この場面は、冷めたヒーローボイスではあり得なくて不釣り合いに聞こえてしまう。

「もし、アル中が英雄になったら、どうするか?」という見せ方は映画的で面白い。でも、「所詮、アル中の話だ」となると見せ方が歪であったと感じてしまう。そこにちょっとモヤモヤが残る。

トリーナを演じた女優さんのプロポーションが抜群。冒頭のベッドシーンで彼女のシルエットがフレームイン/アウトを繰り返すと、もっと見たいと思ってしまう。男は元来そういう生き物で申し訳ないんだけど、俺の場合は職業病もある――二次嫁にあのシルエットを移植できないか、みたいに考えるから。

キャスト・アウェイ

トム・ハンクスが若い。(劇中で)95年(+5年)の話なのか。ベルリンの壁は崩れたが、世界がグローバル化の波とテロの波で変容し始めたのをまだ感じなくて良かった頃だ。

実在のFedExが登場するのが面白い。10年違うけれども、フライトの航空会社はさすがに架空だったから。

時間から放り出された人の話だ。無人島に漂着するコトなんて、自分の人生には無いよなァ、みたいな無関心には繋がらない。だって、これは辛い時期を耐え忍ぶ話だよな、と分かってくるから。

「オデッセイ(原題 The Martian)」での、マット・デイモンによる火星島流しジャガイモ生活も感銘を受けたもんだが、やはり、本物の無人島暮らしは普通に想像力で補えるだけに、とても過酷なことが伝わる。火起こしでは、鉄板と石による火花(江戸時代風)を試してみては? と助言したくなるほど。

チャックがココヤシの実に叩きつけて発見した裂ける石は、サルになるゲーム「Ancestors: The Humankind Odyssey」でも出てくる。あれを見つける偶然の方がスゴそうだ。

「10メートルの縄」が事後だけで出てくるところがポイント。高波を超える場面は以前と以後の両面で描かれるのに。自殺を考えた場面そのものは出てこない――あくまで希望のための映画だからね。

「ウィッチャーIII:ワイルドハント」でもゲラルトが、「ふむ、絶対に裏切らない親友だな」と髑髏のことを言っていたのを思い出す。やはり人は話し相手がいないとヤバイのだ。「ザ・シムズ」にも、ソーシャル・バニーが出てくるじゃないか。残され島のおじいもコナンに言っていた。「人は一人では生きていけない」

ハンクス演じるチャックは、バレーボールに付いた血糊の手形をウィルソンと呼んで、話しかける。ヘレン・ハント演じるケリーの写真に見守られながら。脳内ケリーを相手に、ではないところが、オタクと違うところだろう。ケリーは唯一の現実だ、食べずに冷蔵庫で最後まで残しておくことに意味がある高級ケーキのように。

そして、忘れてはならない、天使の翼と三重の輪っか。象徴的なガーディアン・エンジェルのひとつだ。その徴(しるし)に何を感じるかは、宗教観も含めて、人の自由。リュック・ベッソンのジャンヌ・ダルクだったら、神の御徴だと臆面もなく言うだろう。そうでなくても、前向きな人は希望を見いだす。

鯨。地球に生きている知的生命体はホモサピエンスばかりではない。鯨が海の後見人として登場してくることには、多分に西洋的な自然科学主義と偏った生命礼賛を感じさせる――グリーンピース的な。

とはいえ、そこは天使の翼と同様に、ロマンであろう。アメリカでは、食肉用の牛がその立場にならないことだけは確かだが。

代わりにイルカでもよかったのに、とは思える。確かに、鯨の潮吹きなら、見えなくても存在を感じさせる演出に一役買うが。ぶっちゃけ、神が遍在する、という信念(概念)を大体の保守系アメリカ人は持っていると、この映画は肯定している。

流れ着いたベイカーズフィールドの屋外仮設トイレの外壁の裏に、天使の翼と三重の輪っかを描いてしまうほどだ。俺は、後で知らず知らず、ここをStrawberry Fieldsと間違って思い返してしまったのだが。そうであったなら、もっと面白かったかも。

なんたって、ジョン・レノンやビートルズと繋がるわけだ。Let me take you down(君を連れて行きたい、ケリー)だし、Nothing is real And nothing to get hung about(これは偽りだし、悩む必要は全くない)になる。もっとも、Strawberry Fieldsの歌詞はレノンの抱く理想が現実と相容れない(みんなから夢見がちだと言われてしまう)様を現状肯定している否定の歌だと思うけど。

嵐で帆(天使の翼)が吹っ飛び、「なぜだぁ!」。潮吹きで気が付いたのに、「すまない、ウィルソン。僕には(君を救助するのは)無理だ」。絶望してオールを手放してしまうチャック。でも、水面下にはザトウクジラが付いている。

ヘレン・ハントは美しい――おでこの皺が年輪を感じさせたとしても。ショートカットのヘレンは、ジョディ・フォスターを彷彿とさせ、声までもジョディの喋り方に似ている。日本人が好む白人女性の顔だちのひとつだろう。

私生活でのジョディは人工受精で子供をもうけてシングルマザーを貫き、やがて同性婚したたいへん聡明な女性だ。だから、そのことを知った男性はジョディを恋愛対象と捉えることに気後れを感じてしまう。

しかし、「恋愛小説家」に出てきたヘレンのようなウェイトレスなら、オタクは間違いなく恋に落ちる。画が三次でも二次的な夢が見られるのだ。

その甘いヘレンを、チャックにRideして見ていたらとても哀しい。

チャックからのセンスのないクリスマスプレゼントに幻滅したことを見せず、精一杯嬉しい素振りをしていた5年前のケリー(ヘレン)――とてもいい彼女だった。異性の人となりを手っ取り早く知るには、ガッカリさせる状況を故意に作って試すというのを聞いたことがある。

車は「想い出の装置」としてケリーが大切に保管していてくれた。クリスマスの晩、ケリーに渡した車の鍵に付いていた十徳ナイフがあれば、無人島での暮らしぶりももっとラクだったろう。

ケリーは、歯医者がものにしてしまっていた。あの虫歯放置の原因になったであろう歯医者だ。娘も居ては、もうどうしようもない。

人間のできているチャックは、ケリーを旦那の元に帰す。明日から蘇るんだと旧友たちに励まされていても、内心は複雑だ。唯一残してあった“天使の荷物”(翼と三重の輪っか)を5年ぶりに届けた(不在だった)帰り、親切な女性が道案内してくれる。映画冒頭で出てきたあの十字路で。女性が乗る車の後ろ姿に同じ翼を見て、チャックの心は軽くなり、映画は終わる。

荷物に対するプロ意識(決して開封しない)と、5年後の不在でなぜか持ち帰りしない、チャックの生真面目さに、隠れた笑いも出る。

ロシアにいるカウボーイの男性(浮気現場)と、チャックがカウボーイと呼ばれ、最後に微笑んで、(国内?の)道を臨んだ場面には、ふっきれたと解釈してもいい。この場合は、ソウルメイトの結婚観を持つキリスト教に対して不倫問題をどうするのか、という感じではあるが。

現代風に考えれば、二人の旦那と一人の奥方で子供を育てる、新しい家族の単位に当事者全員が納得できればいいなァとは思う。一夫一婦制はあくまで旧い婚姻の形(単に文化が強制させるもの)であって、トランスジェンダーの時代にまで守るべき束縛とは思えない。

でも、翼の彼女は今独身(表札によれば離婚した)。チャックは新しい出会いの始まりに気が付いた、ということなんだろう。物語としてはそれで落ちるけど、変わり身がちょっと早すぎるかもね。

彼女のことはしばし忘れて、また生き残りに時間を費やすのも、彼なら出来ると分かっているし、逆境には馴れたもんね、と捉えれば、ストレスを感じやすい現代社会の我々には励みになる。生きてれば、いいことも、きっと起きるよ。
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[ 2020/06/30 03:34 ] 映画、ドラマ感想 | TB(-) | CM(0)

Cyberpunk 2.0.2.0. ルールブック

およそ30年前のルールブックだけど、版元R. Talsorian Games Inc. は今も残っていて営業を続けている! これは失敬。てっきり消えちゃったかと思うじゃん?

さすがにイエローサブマリン製の日本語版(1993年)は絶版中古しか入手方法がないけれど。

余談ながら、先述の輸入版ROCKERBOYソースブックにはポストホビーの値札がくっついたままだった。当時(91-93年頃)のお値段で2,100円。80ページで、けっこう薄いんだ。ちなみに公式サイトでの販売額は12ドル。30年前の国内では、やっぱり、かなりぼられてた。

実はこの手の本、当時流行りだしたDTPの出力結果(要するにMacでAldus PageMakerでプリントアウトしたもの)をそのまま製本用版下に使う手法で印刷されてるヤツで、斬新なレイアウトの割りに安価で作られているはず(俺、一時期、DTPデザイン事務所にいたことがあるので)。

さて、NightCityソースブックは所有していなかったので、デジタル版(PDF)を購入してみた。drivethrurpg.comで、割引されて11ドル。スキャンの見た目はかなり眠いんだけど、活字が認識されるタイプのOCRedで、文字はテキストによるコピペが可能な体裁。これなら自家翻訳もしやすいね。高解像度のウォールマップjpegも同梱されて、版元からの印刷許諾付き(私的用途に限る)。地図だけも1ドルで販売中。

例のウィッチャーTRPG版を出したのは、R. Talsorian Gamesだった。なるほど、それで今回のCyberpunk 2077に繋がったんだろうな。ビデオゲームと同じ時代を扱うCyberpunk Red Jumpstart Kitも既に出てた。
[ 2020/06/29 01:15 ] RPG | TB(-) | CM(0)

サイバーパンク2077 ― Night City Wire

主人公は一匹狼ではなくて、怪力(大男)とネットオタク(女)の二人の仲間がつく。とはいえ、プロローグはそうであっても、フィクサー・デックスと組んだエピソードで最初のトレーラーみたいな事件が起きるのだろう。

「ブレインダンス:エディターモード」の解説動画

仕組みとしてはお馴染み。アーカムシリーズのバットマンで導入された「探偵ごっこ」の仕様で、Frogwaresのシャーロック・ホームズや派生作品にもある。探偵要素を取り入れていて、これと同じ仕組みのないゲームは昨今では珍しくなってしまったほど。

簡単に言うと、監視カメラの再生機能がVRになったようなものだ。

映画なら最初の「ブレードランナー」で劇中に名称は出てこないものの、パンフなどで「エスパー」と説明されている装置が似た機能を持っていた。空間を映した特別な写真の中に入り込み、あちらこちらを見て回ることができるウォーキングシミュレーターだ。

そんなわけで、実はちっとも目新しくない。初めてゲームに取り入れて先鞭を付けた開発者は偉大だなぁと思うけど。

サイバーパンク2077では、「ブレインダンス」と称して流通しているコンテンツという立ち位置。役目はまさしくゲーム的な「手掛かり発見シーン」を仰々しくもっともらしく演出したものに他ならない。

余談ながら、同様の手掛かり追跡シーンが「スタートレック:ピカード」で既に登場している。映画からゲームへとインスパイアされたとするなら、こちらは逆で、ゲームでの扱いをまんまドラマに逆輸入してしまったもの。ロミュランのタル・シアーのテクニックとされているが、スタートレック世界でのお目見えは初。いかにもゲーム的で、劇中での理屈も現代の科学技術からはほど遠いもの――つまり、チンプンカンプンで、世界観にはまるでそぐわなかった。

歴史を辿れば、1983年の映画「ブレインストーム」の遺映録画装置が、まさにブレインダンス。サイバーパンク2077ではUCLAサンタクルーズ校で21世紀初頭に開発された技術、とスタッフが語っていた。特に死ぬ瞬間が記録されているものはフラットライナーと呼ばれるそうな。ブレインストームに出てきたリリアン・レイノルズ博士の臨死記録テープとそっくりだね。

手持ちの英語版ソースブックを探してみると……(おそらくCyberpunk 1.0の頃の)サプリメントROCKERBOY(1989年)にBRAINDANCEの項目があった。カリフォルニア大学サンタクルズ校で2007年に大学院生のスジモト・ユリコによって発明された、とある。なお、ソースブックの記述は、Fandomにある内容と全く同一だった(つまり、ソースブックからの引き写しのようだ)。

「フラットライナーズ」と言えば、やはり臨死体験を扱った、生前の罪の意識を持ち帰ってしまう(実際に死んでいないのでキリスト教的に赦されず、天国にも行かない)というキーファー・サザーランド主演の1990年の映画を思い出させる(リメークもされた)。リメーク版に出演したエレン・ペイジは、ゲーム「BEYOND: Two Souls」でゴーストの弟と共演するという難しい役どころをこなしている。とまぁ、臨死繋がりで……

ソースブックで既出のブレインダンスにビデオゲーム的な機能を載せたところは目の付け所がいいね! 当時遊ぶところまで行かなかった2020ルールブックをパラパラめくると、随所にビデオゲームの元ネタと思えるものが読める。30年前のTRPGがビデオゲームとして陽の目を見るなんて、面白いなァ。
[ 2020/06/27 00:22 ] RPG | TB(-) | CM(0)

アップロード~デジタルなあの世へようこそ~(2)

※以下ネタバレ

9話のお終いに出てきたアップデートによる記憶修復で、ネイサンが死ぬ前にしでかしたことが明かになりました。10話で主人公の人間性が180度変化していたことが判明します。

もともとイングリッド(富豪の娘)に現を抜かすようなイケメン・プレイボーイだったわけですから、モラルにもとることをしていたとしても、驚きはないはずでしょう。

視聴者は、レイクビューで悟った人生観を持つネイサンにRideしていたわけなので、ネイサンの失意と同様に、まさかという裏切りを味わいます。

アーノルド・シュワルツネッガーの「トータルリコール」にも似た仕掛けで、主人公の善人ぶりは環境によって作られたものだったわけです。

恋愛モノの展開としてはなかなかパンチが効いていますよね。

また、ステレオタイプ――見栄っ張り、支配欲旺盛、ファッションリーダーでないと気が済まない――と見えたイングリッドが、あれほど愛情深い理解者だったことは、別の驚きでもあります。

劇中の登場人物は比較的丁寧に扱われており、筋書き上必要とされる表面的な属性と裏腹に、別の内面が備わっていても許容できてしまうゆとりを感じさせます。

単純化されていると見えたキャラクターにもまだ見ていない深みが備わっているわけで、これはレイクビューにいる住人の“人間らしさ”と同じような機微を演出に(つまり、メタ的に)感じさせます。そんなわけで、作り手はなかなかの巧者です。
[ 2020/06/25 20:25 ] 映画、ドラマ感想 | TB(-) | CM(0)

アップロード~デジタルなあの世へようこそ~

ウエストワールド(自律する人造人間)を見終わって退屈している俺が久しぶりに興味を持ったのは「意識のデジタル化」を扱う作品でした。
※以下ネタバレ

2033年の世界では、瀕死の重傷に陥った者は「アップロード」サービスを依頼することで(肉体と供に死亡する代わりに)意識のデジタル化が出来ます。もちろん有料ですが。

デジタル化された意識は、ホライズン社のレイクビューというヴァーチャル観光地でホテル暮らしをしながら、いつかまた(肉体への)ダウンロードが叶うまでの時間を過ごします。

死んでいるはずの違和感に飲まれると精神に異常をきたすらしく、レイクビューの住人らは、仮想の肉体を意味するアバターはあれども意識だけの存在となっていることを敢えて無視するよう、仕向けられています。生きていた時と似たようなことをして過ごすことは、正気でいるために大事なことなのです。

この辺りは、まるでウエストワールド第2シーズンの受け売りのようです。劇中では、決して終了(Quit)の利かない、死者たちのVRChatの如くに描かれます。

追加コンテンツはソシャゲーのゲーム内課金の要領で入手します。もし、生前のような暮らしぶりを追求すれば、課金地獄となることでしょう。もっとも、アップロードサービスを利用するのは専ら裕福な連中ばかりなので、彼らにとっては造作もないことです。

貧乏人のアップロード空間もあるにはあり、そこではスマホの従量制プランを使い切ってしまったような惨状で人々が暮らしています。娯楽は無料提供の範囲だけ。食事は開発中の試食品。支払いが滞るとアバターはフリーズしたまま……などなど。

毎回、レイクビューの日常が描かれるのですが、それだけでは制作側は心許なかったのか、陰謀とサスペンスタッチの伏線が加えられています。

「別世界からのメッセージ」もそうでしたが、「都会の孤独」が登場人物らの暮らしぶりとして頻出します。核家族化が当たり前になって久しく、SNSを発展させたアメリカですら、劇中の大都会LAですら、孤独を感じる人々が一定数居るという証拠で、日本の少子高齢化やヲタクの未婚状態にも共通する、普遍的な題材ということが分かります。

そして経済的な格差のイメージ。主人公は中流階級らしい27歳のIT青年ですが、恋人は明らかに富豪の娘。そして、レイクビューのエンジェル(顧客サポート要員)として雇用されている女性は同居人とアパート暮らしする、ブルックリン在住の独身女性。経済的に恵まれているとは言えない身分です。格差のある3人を並べて描くことで、人生や価値観の違いがそれとなく触れられる秀逸な構成となっています。

富豪の娘は、わがままで他人からの視線を意識し、男性を操ることを好みます。主人公はアップロードサービスでの経済格差を是正する発明をプログラムして売り込もうとしたところで何やら陰謀めいた事故に遭遇して、レイクビューでの死人暮らしに。生前はおつむの弱いインスタ映えしそうな彼女(富豪の娘)とのセックスに夢中――要するにイケメンのプレイボーイ――でしたが、死んでからは性欲に突き動かされることがなくなり、自らの存在意義に、より気が回るようになっていきます。

エンジェルの女性は主人公のサポート担当となったことをきっかけに、飾り気のない主人公の言動に心惹かれていきます。彼女は出会い系サービス「ナイトリー」でセフレの男性とも懇意になりつつあるのですが。

日常系のノリはやや単調ですが、雰囲気は悪くない。主人公ネイサンとエンジェル:ノラをめぐる恋愛模様がほんわかと進行します。

ネイサンの従姉妹に、中学校教諭のフランという女性が出てきます――典型的にモテないタイプ(女性版ヲタクの一種)として。ところが素人探偵としての腕前は相当で、ネイサンの事故の真相に迫ります。美醜だけではない有能さが描かれている辺り、外観による差別といった格差にも制作側は敏感であることが窺えます。

なんてことない恋愛ドラマですが、SF設定と、今日のSNS/スマホ/アプリ界隈を暗喩したイジり具合が秀逸で、ほどよい湯加減。一本30分弱という長さもチョイ見に最適。重くてギトギトしたドラマは敬遠したいけれど、軽すぎるが故にのめり込めないドラマも味気ない、そんな気分の時に向いてます。

現在6話まで視聴済み。1シーズン分は既に公開されているので、先も楽しみです。見たいときに視聴できるオンデマンドは便利ですね。

アマゾンが制作というのも、ドラマが揶揄するようなGAFA(Google・Amazon・Facebook・Apple)であるわけで、実は非常にメタです。
[ 2020/06/25 02:53 ] 映画、ドラマ感想 | TB(-) | CM(0)

チョSメイド佐渡渡(さどわたり)さん

 佐渡度さんは、正統派メイドは一人も居ないといわれる「地下メイド喫茶」に在籍している。
 お店での名前はマドカだが、仲間内ではサドカと呼ばれているようだ。
 一部の客層からは絶大な支持を得ているという(本人談)。

 佐渡度さんの常に蔑んだような眼差し。丁寧な言葉の端々に現れる毒舌の数々。
 「いい匂いがすると思ったら、ご主人様の加齢臭でした」
 「私も見習いたいものです、場違いを超越したご主人様の存在感」
 「ご主人様は、もう“魔法”が使えるお歳だそうですね? 使って見せてください」
 「ツイアカお持ちなのですか? 是非教えてください。とうとう、ブロックを試すことができます」
 「ご主人様の顔はインスタ映えするので塗りつぶしておきますね。もちろん、個人情報保護のためです」

――免疫のないご主人様を凍り付かせることが生き甲斐の、小柄なチョS(少しだけS)メイド

PROFILE:
 年齢 21歳
 身長 148cm
 スリーサイズ B81 W54 H82
 特技 言葉責め、プロレス技

・オムレツにケチャップで文字を書かせると……「Quick DEATH❤」
・『マドカ私物』の名札が付いた「等身大ご主人様」……いつも、このぬいぐるみ相手に技をかけている

マドカ「ふとましい? そんなにチョークして欲しいのですか?」
同僚メイド「店長! マドカちゃんがまた……」


兄弟:
6歳年下の実弟が一人居る。幼い頃から世話を焼いていた佐渡度さんだったが、弟はあまり懐かなかった。佐渡度さん16歳のとき、祖母の家で親戚が集まったことがあった。弟は佐渡度さんより一つ年上の従姉妹に甘えていた。この場面を見た佐渡度さんは衝撃を受け、それ以来、チョSの芽が育まれたということである。

佐渡度さんの恥ずかしい過去:
 弟くん「おねーちゃんが、ぼくのパンツの匂いを嗅いでるの、見たことある!」
 弟くん「舐めてるとこも見た!」

部活動:
佐渡度さんは、中学生の時に陸上部だったが、日焼けするので辞めた。
高校生の時には女子柔道部に所属。背も低く、体重も軽いため、たいした成績は残せなかったが、寝技や絞め技に熟練できた。

学業:
佐渡度さんは四年制大学に通っている。「メイド歯科」を開くのが夢だが、歯科医師免許を取ることは難しいと分かったので、メイド歯科をプロデュースするための賛同者を募っている。佐渡度さんには、日本の遅れた歯科医療を先進国並みにするという野望がある。制度改革がなされない間は、医療保険の適用外での治療となることが予想されるため、「メイドさんにリードされ、愉しみながら受ける施術」をモットーにしたくて、メイド歯科を思いついたそうである(決して、患者が痛がる様子を見たいわけではない、とのこと)。

秘密の職業:

[ 2020/06/24 02:56 ] カスタムモデル | TB(-) | CM(0)

マルクス・ガブリエル

NHKで放送された「欲望の時代の哲学 ガブリエルNYドキュメント 第一夜『欲望の奴隷からの脱出』」という番組を見ているのですが、これが意外にも覚醒コンテンツであって大変興味深い。

番組をきっかけに同氏の「世界史の針が巻き戻るとき」を読んでもいますが、新実存主義はともかく、物事を理想的にポジティブに変革させるであろう考え方――しかも賞味期限切れと思われていた民主主義的な自由意志でもって――としては大変面白いものです。

内田樹氏の「サル化する世界」も読んでいますが、国籍も年齢もアプローチも違う二者が似たようなことを題材として導いている答えのシンクロニシティーも大変面白いものです。良識というものを問うていくと、人はこうあるべきという思考に至るのでしょうね。

さて、番組では、ツールとしての哲学を使って、複雑な現代社会を理解しようという主旨で、マルクス・ガブリエルさんが(大部は吹き替えで)語ります。

新実存主義? 総体として存在しないって何だろう? 聞くからに一筋縄ではいかない、難しそうな、ややもすると退屈で眠たくなりそうな哲学かと思いきや――

耳を傾けていくうちに、非常に23世紀的な、つまりスタートレックくらい未来の理想社会でなら、確固として存在していそうな考え方に思わず共鳴したくなります。確かにそうありたいものですよね、と。

HBOのドラマ「ウエストワールド」は、裏を返せば、哲学的なコンテンツで野心的/覚醒的でしたが、その第3シーズンはまさにマルクス・ガブリエルが語るSNSの功罪をドラマにしたようなものでした。

レハブアムが70年代のマザーコンピュータと異なる側面を有していることを理解する場合にも好都合です。

ウエストワールド的なテーマでは、ホスト(人造人間)出身のドロレスが闘ってきたように、自由意志を剥奪させられてはならないという表層で止まってしまいそうですが、奥はもっと深い。

昨今のSNSのどこがいけないかを考えてみるならば、他者と意見が合わないときの反応が重要であることがわかります。自由が標榜されるSNSであっても、相手に対抗する「自己イメージ」を生み出させてはならない、ということになります。それは協調や尊重から外れてしまい、ひいては自由と平等を危うくさせるからです。

SNSには、いわば「ダークサイドの自由意志」を操る力があって、不調和を招く「呪いの言葉」を人々から吐き出させる手段になってしまう危険があります。

それは、レハブアムが計算ではじき出した「鏡像の自分」を強いられているのと、もはや同じレベルなのです。

では、ウエストワールドの“感想”の時と同じように、番組をざっと振り返って、まとめてみます。
※以下ネタバレ

「世界史とは、自由という意識の進歩に他ならない」 ヘーゲル

社会主義の崩壊、冷戦の終結(ベルリンの壁の崩壊)、などなど。グローバル資本主義が起き、私たちは解放され自由な民主主義が実現する。自由と平等が世界をひとつにする……はずだった。今や正反対のことが起きている。

社会主義という壁の消失が皮肉にも資本主義を暴走させたのか? 市場の網目が地表を覆い、電子のネットワークが世界を繋げている。自由の論理は憎しみの連鎖も招いた。

地球環境の破壊や、ロボットの台頭、ポピュリズム、功利主義の政権――民主主義への反動的な攻撃である。なぜ、こんなことが起きるのか?

自由意志は絶えず、自らを攻撃する から。

人は他人から抱かれるイメージに満足できない。「社会の複雑さ」は腹立たしく、他者と一緒に居ることは、好きと嫌いの両面なのである。

他者の自由意志は、自分が自分である為に必要だが、自らのイメージを損なう畏れもある。我々は鏡のように互いを映し合い、常に不完全なのだ。

これらは我々の時代の根源的な問題で、真の理解を必要とする。最善の方法は、哲学を使うこと。哲学は時代に巻き込まれることなく、理解を助ける最良の学問であり、ツールだ。

我々は時代の犠牲者になるべきでなく、「社会の複雑さ」を特定の角度から見て、自由の概念を広めていくべきだ。

自由とは何か?

自由と民主主義との関係。民主主義が世界的に脅威に晒されている理由。自由と自由意志の考えをはじめに生み出した人について知る。

自由と民主主義を価値の体系として考えた第一人者、イマヌエル・カント。

自由とは物事が我々に任されている状態。

誕生や老化、死、それに宇宙の在り方のひとつである重力といった自然法則は変えられないが、人生の多くは我々次第である。これが自由と自由意志に関連する。

すべき事柄を思い描き、実行する能力のこと=意志

他人からのイメージに応えて、人は行動する=社会の複雑さ(social complexity)

※俺が思うに、番組によるsocial complexityの訳は適切ではないと感じる。「社会性の複雑さ」であるとか、「社会的な錯綜」といった方が分かりやすい。詰まるところ、社会学の用語らしい。

意志は人が属す同じシステムやインフラストラクチャーの中で雑多に入り交じっている。

自由意志とは、意志の調整の最適化である

自由意志が実現された状態とは、様々に異なった意志が均衡状態に至ることである。道徳と自由はイコールなのである。

「自らの人格と他者の人格にある人間性を目的として扱え。いかなる場合も手段としてはならない」

それぞれの目的を尊重しあう社会=目的の王国

自由意志は理性から生まれる。

良い人、良いインフラ、良い制度=自由意志の総量を増やす

それゆえ、SNSは必然的に自由意志や、自由、民主主義を損なう。

人間の社会性は、社会ネットワークの構造次第で損なわれうるということが現実に起こった。例えば、Facebookは我々を解放することに繋がるはずが、一部の人々の思惑で乗っ取られ、トランプ政権の道を開いた。
※番組内では詳しく触れていない。参考記事:ケンブリッジ・アナリティカ社めぐる疑惑 これまでの経緯フェイスブックのデータ不正共有疑惑「8700万人に影響」INSIDE Facebook 第5章フェイクニュースの嵐

SNSに共通の概念とは、自己イメージを表現できるプラットフォームを提供すること。

データとは、新しい石油。データとは自分自身を見せたいと思う方法

ここで述べるデータとは個人情報の一種。政治的理想、好み、価値観、金銭感覚、など。投稿したデータには、そもそも中立性はない。

だから、プラットフォームは中立ではない。

データを入手されても問題はない。逆説的に、他者の自由を損ねることなく自由は利用されてしまう。

SNSでは、何かが根本的に間違っている。

 ・判決や正義は欲しいものを手に入れることではない。
 ・正義の理念は互いの意志を調整し、確立させること。
 ・正義とは互いの意志の調整=法の支配

上記のようにヘーゲルが述べたことがSNSにはない。

SNSは法の支配に守られていない=西部開拓地のよう

SNSは民主主義を弱体化させる(なぜなら、意見の不一致に直面する)。

意見が合わないとき、相手に対抗する自己イメージを生み出してしまう。

人々の自由は守られるものの、その振る舞いを知らず知らずのうちに操られる。

***** 番組内容はここまで *****

俺が思うにSNSは社会性の罠であり、その構造は、集団リンチや、学校や職場でのイジメとそっくりです。

21世紀になって、本当に人類が大人の階段を上っているのかどうか、その集団的な理性が試されるということですね。思った以上に幼稚な割合が多いから、まるでガキじゃねーか、という事態が表面化してしまっているのでしょう。

「自分さえ良ければいい」というワガママは、道徳とイコールである自由意志の前ではことさら明らかに律する必要のある態度でしょう。なのに、国家がこれをやり出すのが現代。

誰にでも批評する権利はあるのですが、対立軸に巻き込まれないように、その姿勢や場は理性的に整理されている必要があります、中立を保つように。例えば、レビューがSNS化されてしまったかのように、“色”つきで見えることはよく起きます。

空気を読む国民性の日本人ですら、SNSのダークサイドには負けてしまうようで、便乗で誰かを攻撃することで日々の憂さを晴らす人も居る恐ろしさ。まさに現代病。

ガチャでぼろ儲けを画策する業態も同様で、モラルのない資本主義は良きものをダメにすることでしょう。

いやもう、それこそ、いろんな事を考えさせてくれる入口になりますね。
[ 2020/06/21 02:10 ] 映画、ドラマ感想 | TB(-) | CM(0)

どこか余所からの発信

「代替現実ゲーム(alternate reality game)」で思い出すことがいくつかある。

まず、実際、早い時期に、遊演体という団体が主催するものに半分参加したこと。興味深かったものの、郵便が基本であり、今ほどネットが発達した頃でもなく、参加し続けるのは無理だった。面白さが実感できるほどには参加できなかった。雑誌媒体の広告からとはいえ、あくまで大人数向けを主体としたもので、今のMMORPGみたいな印象だった。それこそ、英雄が無数にいるような、あるいは、無名の冒険者が酒場でたむろしているような。

P.K.ディックの短篇に「小さな黒い箱」というのがある。あれこそ、まさに代替現実ゲームだと思うのだ。黒い箱の作り方が頒布されていて、箱の取っ手に触れると、とある宗教家の体験を共有することになる。宗教家という設定は、今日(こんにち)ではインチキなカルト集団を思わせるが、ディックの世界では「蔑まれているが真実に気が付きつつある者達」みたいなニュアンスがある。映画「マトリックス」の、電池になっている人類みたいな雰囲気なのだ。

ここにきて、「別世界からのメッセージ」という海外ドラマに出会った。Amazonプライムビデオで視聴できる。

代替現実ゲームが題材というのはすぐに分かる。ピーターいち個人から始まって、彼は同じ境遇の他者3人と出会う。他にも、フィラデルフィアには“その”謎に関心を覚えた人達が数十人は居たりする。

現実で起きた妙な小事が、退屈な現実の向こう側にある「某(なにがし)か」を垣間見せてくれたなら、それは人生に彩りを添える“きっかけ”になるかもしれない。そんなものを無意識に欲している人は、ごまんと居ることだろう。

人は誰でも特別でありたい。気付かない自分の特性を開花させたい。自分がもっと活躍できる舞台が欲しい。人生半ばを過ぎていれば、「こんなはずではなかった」――それを実感させてしまう第一話の序盤は、実際には鬱ドラマである。

ピーターにライドして視聴者はコースターな気分を味わいながら筋に入り込んでいく。ところが、特別なのは自分だけではなかったことに、ピーターはさほど驚かないようだ。最初の仲間が女性(トランスジェンダー)であることや、仲間ができたことに、むしろ浮かれてしまう。

例えば映画「ブレードランナー2049」のKであれば、「自分が選ばれし者だと錯覚していた」ことを知ったとき、少なからず失意に繋がっていた。所詮、汚れ仕事をするスキンジョブに過ぎなかった、と。

俺が、FF14やスター・ウォーズ バトルフロントに初めて参加した時の失意を表すなら、丁度そんなものだ。バトルフロントの敵味方が入り乱れる集団戦闘では、銃弾一発で倒れる一兵卒でしかない。

シモーンの場合(第2話)の、自分(トランスジェンダー)を肯定できない失意に似ているかもしれない。

そして、俺の場合なら、最終話まで見たくなる誘惑よりも、視聴に要する時間(約45分×10話)の方にはるかに気分が重たくなってしまうのだ。良い語り手でも、人生の20分しか節約できない。それでは全然足らないというのに……
[ 2020/06/01 10:54 ] 映画、ドラマ感想 | TB(-) | CM(0)
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