カ ス タ マ イ ズ で 遊 ぶ +

洋ゲーRPGや非電源ゲームを扱っていましたが、最近はblenderでモデリングです!

オタクを詰る理由付け

「自分だけを見つめてくれるアニメの女の子でオナってるんでしょ? キモっ」
    by「詰(なじ)られ手コキ」中の小悪魔

ある時期――宅八郎(*)がTVで活躍していた頃、オタクは差別的に見られていた。が、今はそうでもない。
* Wikipediaを参照すると氏の名前を出すことは得策には思えないが、TV局側が作ったという風貌ゆえに、当時のアイコンとして非常にわかりやすいために挙げた。個人的な関係などは一切ない。

その証拠に、メディアにはオタク趣向なコンテンツが山ほど見られるようになっている。AKB48出演のバラエティ、VTuber出演のトーク番組、かつてのオタク向けコンテンツをお笑い芸人達が熱く語る番組、などなど。

さらにオタクはビジネスを活性化させる原動力として、方々で採用されている。メッカの秋葉原電気街の装いはもちろんだし、地方のゆるキャラ、ロコドル(ローカルアイドル)、初音ミク、など枚挙に暇がない。

ソーシャルゲームが使う仕組みも、キャラ萌えであり、オタクがアニメの二次元キャラクターに入れ込んでいた最初期の構図を焼き直しているようなものだ。腐女子が入れ込むBLですら、市民権を得つつある。

そうした中で、エンパイアクラブのメイド達のセリフに現れる時代感覚はどこか古臭い。まさしく、宅八郎の時代に逆戻りしている。

傅きモード(ゲストモード)も顕著で、個性的で迷惑な客としてオタクが頻繁に登場する。

どうしてか、カスタムオーダーメイド3D2では、オタクは蔑視の対象として扱われる。メタ的にも面白い構図である。

COM3D2というのは18禁ゲーム、いわゆるエロゲーで、しかも写実的でない二次元寄りの画作り。それを遊ぶ層はオタクとも広く被っているはずなのだから。つまり、オタクはお得意様であるはずで、それを蔑視するネタを容れてくるということは意図的に見える。

オタク文化が蔓延した中で、広く“オタク”だけを迷惑行為の首謀者として描くのはたいへん危険だ。実際のオタクにはピンからキリまでいるわけで、とても外交的でコミュニケーション能力の高い者も当然いるし、オタクの有名人というのは大体そういう人である。

何かのオタクであることはスゴイ、とメイド達に一目おかれてもよさそうなものだが、そのような演出は見かけたことが無い。

そればかりか、オタク趣味を持つメイドがいない、というのも今のご時世、おかしな話である。

オタク達にアピールするならば、当然、共通のオタク趣味で盛り上がれるメイド、というテンプレが最低一人は居なくてはいけないはずだ。

開発者サイドもオタク趣味を利用して商売をしているにもかかわらず、リア充をスタンダードに据えたかのような世界観が垣間見えるエロゲーというのはいかがなものだろう。

少なくとも、ライターの何人かはオタクの迷惑者を登場させたり、詰るプレイという口実でメイドにオタクを罵らせたりすることで、自身の鬱憤を晴らしているかのように見て取れる。それは仕事の内容が役不足だという抑圧的感情ではないだろうか。

一般的なエンターテインメント性からはかけ離れているような偏見に立ったシナリオの作りが多いことからもライターの未熟さがうかがえる。

以前にも書いたが、仕事に疲れ家庭的な境遇にも恵まれない中年男性が、エンパイアクラブのメイドにサービスしてもらうというシチュエーションが、傅きモードの中で表現される例があった。しかし、その視点は弱者を鼓舞するようなものではなく、諦観への気づきを促すのみで、夢や希望、はたまた改革へと誘うもの、にはならなかった。負け犬を見て一緒に笑おう、という鳥瞰図であった。

今の時代、格差というものを考えずにはおれない。所得や社会的地位の格差、そこが元凶となる提供サービスの品質の違い。

誰もがそこそこの勝者であった中流階級の時代はとっくに崩壊した。高いところから見下ろせる者なんて、世の中にどのくらい残っているというのか。

時代感を捕まえきれていない文芸作品は人々から反感を買うかもしれないことを、ライターの人は理解しておくべきだろう。

「みんな言ってますよ、キモいって。そんなご主人様を見てあげるのは私だけなんですからね!」
    by小悪魔
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[ 2019/05/19 23:03 ] 考察 | TB(-) | CM(2)

ミームなるもの

オタクの使命

彼女ナシ・子供ナシ・その他社会的優位な地位などナシの3Nというオタクがいるとしよう。彼には、もう自分の遺伝子を残す手段がない。だから、彼はオタクとして馴染んだ文化の一端や、彼の大好きな二次嫁を複製して残すことを考える。二次嫁の複製とは、多くは独自の翻案、つまり薄い本=同人誌である。

ミームの進化には複製・伝達・突然変異が伴うそうである。オタクの翻案は二次嫁の突然変異みたいなものである。二次創作はオタクのミーム伝達手段なのである。

最も拡散しているオタク・ミームは何か?

同人誌のジャンルで最も描き継がれているネタがオタク・ミームである。題材や性的趣向、具体的な作品名など、さまざまなベクトルでオタクのミームを定義づけることができるだろう。

ここからは、いちオタクが比較的簡単にその身を捧げることができる二次嫁とキャラ萌えをオタクの主要ミームとして考えることにする。

最も同人誌で描かれたキャラクターがキャラ萌えのミームである。適応度が高いという表現を使えば、過去から数えて最も人気があり、今も描き続けられているキャラクターはキング・オブ・ミームだ。

PCとWEBが発達してからは、キャラ萌えのミームは紙媒体である必要がなくなった。親和性が高いのは立体的に動かすことができる存在、つまりポリゴンキャラクターである。アニメといった映像作品でもよかったが、手描きのキャラクターは継続的に存在させるには不向きであり、ただの立ち絵を仮想的な存在に転換させるにはLive2Dのような技術を待たねばならなかった。

こうしたポリゴンキャラクターの中で、初音ミクはかなり生存に適するミームだと言える。その上、適応度(人気)も高く、世界的に周知されている。

キャラ萌えによるミーム

そうしたミームのプールに、お気に入りの二次嫁を投じて生存戦略させることがオタクの役割となるのである。オタクは二次嫁の騎士(ナイト)であり、プロデューサーであり、育ての親なのだ。

画の描ける人は絵師として。曲を作れる人はボカロPとして。そして、ポリゴンモデリングができる人はMMDやVRM形式のビルダーとして。プログラムができる人は絵師やモデラーやボカロPと組んで、総合芸術となる同人ゲームといった分野において、オタク文化ウイルスの永続へと貢献するわけなのだ。

ヴァーチャルがもたらす可能性

最も新しい「キャラ萌え戦争」への参戦者が、かのVTuberである。VTuberも初音ミク同様、生存に適した性質を備えている。ポリゴンもしくは動く二次画であり、中の人の独創性によって、これまでにない多芸を披露することができる存在である。

そして、ただただ受け手と思われていた、特別なスキルを有さない層もVRChatやバーチャルキャストといったサービスの普及によって、キャラ萌え戦争に変化を促す波紋となりつつある。

もはや「キャラ萌え」は、特定の有名キャラクターだけに起きる現象ではなくなりつつある。これからは、誰もが生みの親となって、新しいキャラクターを提供することが当たり前の時代になっていく。VTuber8000人超の世界の誕生である。

新しいキャラクターは、利用者に“纏ってもらう”ことを前提に、ビルダーによってVRM形式やUnityエンジン向け、UNREALエンジン向けなどとしてアップロードされる。利用者は、いわば新しい生まれたてのヒーロー/ヒロインの里親となる。そして、無数にいる競合他者と協調して仮想世界の未来的な愉しみ方の発展に寄与することになる。

こうして新しいオタク文化ウイルスが育まれていく――我々はその渦中にいる! なんと恵まれた瞬間に生きているのだろう!
[ 2019/05/14 01:05 ] 考察 | TB(-) | CM(0)

VRを身近にするもの

VRM形式が主流となりうるのならば、そのサービスは「ライブ配信者になれる!」よりも、参加できるチャットの類いを用意してやることになるのではないか。

バーチャルキャストで生配信をする行為は、素人にとってハードルが高い。素人配信者が自分の配信をどこまでお気楽に捉えているかによる。

翻って視聴者の立場では、中の人が素人でポリゴンキャラクターなら、よほどのポテンシャルを感じないかぎりは、その配信を好んで見ることはしない。声優の卵といったセミプロな配信者が強い理由である。基礎的な素養は見られる(聞ける)であろうから。プロダクション所属ともなれば、定期的な露出が期待できるため、ファンとして応援しやすい。

正反対に、等身大の“素人の”配信者を見たい――例えば、実社会で苦い体験をしている者の共有として――という場合は、ポリゴンキャラクターの殻は却って邪魔になるだろう。配信者のリアルな“人となり”は見る者の共有体験に必要だからである。

さて、サービスとして今後アリそうなものは、任天堂のMiiでやられたような、一人にひとつ(あるいは無数)のアバターではないだろうか。

自分のアバターを纏って、バーチャルライブに観客として参加する、なんてのはとっても気軽な体験だと思う。自分の付近20人くらいのアバター達と一緒に、同じ仮想空間を共有するというエクスペリエンスこそが貴重だろうと思うのだ。

VRChatというサービスはそうした体験の前哨戦だと考えることができる。

■揃いつつあるエントリー機材

折しもOculus Rift Sが5月21日発売予定となり、国内でもAmazonで予約受付中となった。米国399ドルのRift Sは、国内では49,800円の値付けである。国内代理店のついたHTC Viveと比較すると内外価格差はかなり抑えられている。また、Windows MR発売時の内外価格差からすれば、Rift Sは“日本円”で購入検討に値するアイテムだと言える。

肝心の性能はRift並み。眼鏡が入るスペースがゴーグル内に確保され、鼻部分からの光漏れが対策され、装着もPSVR並みになったという。Windows MRと同様にインサイドアウト方式の採用で外部カメラの設置は不要となった。つまり、手軽さではかなり進んだ。

VRヘッドセットへの描画はたいへん重い処理だから、グラフィックボードも強力なものが求められる。少し前までVR ReadyといえばGTX 1060が最低ラインだった――内実はGTX 1070が望ましい。最近は、このGTX 1060~1070クラスの置き換えとして、コストパフォーマンスの高いGeForce GTX 1660が出ている。若干割高のGTX 1660 Tiも選択肢としてはよい。今はまだレイトレーシングが主流になっていないため、高価なRTX 2060の意義はさほどない。

Oculus Rift SとGeForce GTX 1660、それにWindows 10が遜色なく動作するPCで、VRを体験できるようになる。
[ 2019/05/10 00:39 ] 考察 | TB(-) | CM(0)

MMDは幸せか?

2008年あたりからボカロPさん達がもり立てたMMDだったけれども、今は企業Vtuberたちで席巻されている。なかには面白い人もいるし、ファンになったりもしちゃう。

でも、なんだろう? 同人文化っぽかったはずのところが商業ベースに利用されてるんじゃない?という感がある。

ボカロPさんもなかにはセミプロ(どころか、モノホンのプロ)って人も居るはずだし、企業VTuberばかりが悪だなんて決めつけはするつもりもないし、できないけれども。

同人誌だって、大手販売網に委託されて専売されると、もはや「諸経費程度の実費で頒布」どころじゃないビジネスになっているわけだし…… そういうものすら“同人”なのだといってしまうなら、企業Vtuberの方々には、まんまと逆をやられた!って感じになるだろう。

なお、VTuber≑MMD とみなすのは、ポリゴンキャラクターの多くはMMD形式で頒布もされ、実際に中の人と一緒に動いているのもMMDと同じモデルっぽいから。

MMDのポリゴンキャラクター(と合成音声)を使って動画を作る文化が、VTuber露出のアイドル動画にすり替わっていったような気がしている。

視聴者は楽しいほうを歓迎するポピュリズムになりがちなので、素人のノリを上手く活用したプロには敵わない雰囲気になる。

インターネットのおかげで個人が発信しやすくなったと言われるものの、そのメソッドを戦力として活用してしまう商用主義には気をつけなければいけなかったわけだ。

とはいえ、VTuber全盛も長くは続くまい。今は面白く使い(捨て)やすいアイドルとしてTVバラエティに登用されているけれども、一部を除き、やがては飽きられていくはずだ。

なにか次を見据えておかないといけないんじゃないかな。
[ 2019/05/07 05:55 ] 考察 | TB(-) | CM(0)

ソシャゲ

ガチャだよね、諸悪の根源は。

いま、PC版Yakuza 0(龍が如く0 誓いの場所)をプレイしているんですが、ゲーム内でいろいろなギャンブルを遊ぶことが出来ます。洋の東西を問わず、チンチロリンからブラックジャックまで幅広く。

思うのは、ソシャゲは胴元が勝手ルールで運営しているギャンブルだなぁということ。

Yakuza 0で例えるなら、西公園のホームレスが提供している博打に突然、「うちのチンチロリンはサイコロ4個だから」なんてのが出現するようなもの。

そしてガチャは、優位性を煽った、くじ運によるただの「コレクション要素」。

上の例を続けるなら、「今ならピンゾロが出やすくなる御守りを売ってるよ、くじ引きで。ハズレは100枚貯めるとくじ引き1回無料だよ」てな感じ。

「二週間後にはアラシが出やすくなる御守りに変わるよ。しかも当たりくじは今より増えるからね!」

「御守りを個室ビデオ店に持っていけば、無料でイメージビデオが拝めちゃうんだ! 御守りの種類によって女優さんが違うんだよ!」

こんなホームレスが西公園に居たら、さぞかし盛況だろうね。

ポイントは:

+ チンチロリンの茶碗が小さいこと(ションベンしやすい)
+ 御守りの効能は役が完成する確率の上昇だが、具体的な確率が不明であること
+ くじ引きのはずれは常に一定量であって減らないこと
+ 当たりくじの枚数は不明であること
+ 胴元がズルしているかどうかは絶対に見破りようがないこと
[ 2019/02/18 09:35 ] 考察 | TB(-) | CM(0)

なんで高くなるのか

国内価格が3割高になる理由を、インターネットで仕入れた知識で、素人なりに説明してみよう。

①再販売価格が統制されているから

卸代理店が流通業者(Amazonなど)に販売する場合の再販売価格が(メーカーもしくはメーカーに最も近い筋により)統制されているからであろう。今回のグラフィックスカードなら、相場は定価の30%とされていて、ずっと商慣行となっているのではないか。

これにより、価格の維持、値崩れ防止、卸代理店間での販売競争が防止される。

②特値でぼろ儲けできることもあるから

発売からしばらくすると販売店によって値付けが違ってくることがある(つまりセール価格)。商慣行には特値というものがあるそうで、これが流通業者ごとの仕入れ価格の違いになる。特値と引き換えに交渉が成立する。

③新規参入できないから

代理店はひとつではなくて、卸→二次店(商社)、といったルートを取ることもある。この流通ルートは固定的で新規参入が阻止される仕組みになっている。再販売価格の統制があるので、決まりを破るようなことをやれば、すぐ知れ渡り、契約解除されてしまう。

代理店側の利益がしかと守られているため、買う側となる客の目線から見てお得になることがほぼない。

結論

代理店制度がある限り、自由競争にはなりにくく、モノの価格は(代理店によって)いいようにコントロールされる。このネット時代に、またもや悪しき慣行がのさばり続けるのがJAPANということ。
[ 2018/08/28 04:55 ] 考察 | TB(-) | CM(0)

か弱いメイドの可能性

この記事がたいへん興味深い。

[CEDEC 2018]ロボットと人間の関係性に注目した「弱いロボット」の可能性

「弱いロボット」理論をメイドで喩えるなら、

・車椅子のメイド
・妹
・「足手まといでごめんね」

みたいな感じだろう。「か弱いメイド」に変化してやれば萌えが強くなるのである。

画面の向こう側でポリゴンで作られた部屋に、件のメイドがいるとしよう。

こちらに近づこうとすると、ポリゴンで作られた生活用品、本棚や椅子に(車椅子なので)すぐひっかかってしまう。

「ごめんね、○○(メイドの名前)、ここが通れないの」

これがVRだったとすると、ユーザーはポリゴン部屋の障害物を取り除いて○○ちゃんを助けようとしちゃうわけだ。→That's 萌え!

すると件のメイドが、「お兄ちゃん、ありがとう!」てな風に喋る。自然なコミュニケーションが生まれるので関係性がすぐに出来上がる。→よし、VRゲーム出来たw

そして、○○ちゃんはメイドだから、メイドらしいお仕事をしはじめる。やっぱり彼女一人では出来ないことが一杯出てくる。その度にユーザーが「仕方ねーなー」と思いつつ手助けしてやる。

・高いところにある物を取ってあげる
・ぞうきんを搾ってあげる
・ちりとりを持って待機
・着替えを手伝う
 ……などなど

誰か、このVRゲーム、オレと一緒に作らないか?

……待てよ、似たようなコンセプト、既にラノベでなかったか? ま、いっか。
[ 2018/08/26 04:05 ] 考察 | TB(-) | CM(0)

人造人間とは誰のことか

ウエストワールド 2ndシーズンが始まりました。
デトロイト:ビカム・ヒューマンが発売されました。
ブレラン2049を鑑賞済みです。

まず気になるのは、フランケンシュタイン・コンプレックスで終わらないよね? 大丈夫だよね? ってことです。

(まだ遊んでませんので)おそらく、テーマが目指すところは――ロボットや人工知能の研究者が語ったりするところと同じ――人造物を通して己を知る「人間とは何か」、というやつに行き着くだろうな、と予想します。

スタートレック:ヴォイジャーに登場する、光子とフォースフィールドで出来た『ドクター』というキャラクターで既にやりつくされたことだと思いますが。

例えば、エピソード「ドクターの家庭」が真っ先に思い出されます。人間らしくなるということは、辛くても辞められない、ってことです。プロジェクターのスイッチを切ればいい、というわけにはいきません。

ただ、ドクターはたくさん居る登場人物の一人でした。ヴォイジャー号のクルーの中で人造物は彼だけ。24世紀の背景世界ではドクターと同一モデルが使役させられている画が出てきたりはしています。ドクターのような存在が普遍的に山ほど居る世界ではどうだろうか? が現在の命題ですよね。

ウエストワールドが少々危ういのは、主人公としてのウィリアムに観客が乗れなかった(rideできなかった)こと。あの世界の良心であるかに匂わせたバナードが人造人間側だったこと。つまり、脚本家の関心事は人造人間たちがどう動くか、ということだったんですね。それがドロレスであり、メイヴであった。しかし、第一シーズンはミスリードや観客を騙すトリックが多すぎて、主題が曇っていました。クリフハンガーが、ホスト(人造人間)によるゲスト(人間)大量殺戮だったせいで、余計にフランケンシュタイン・コンプレックスに収束してしまうような危惧を感じました。

ブレラン2049も似ています。人間性を獲得した旧世代のレプリカントたちが、まるで奴隷が蜂起するように人類への反乱を画策していることが、最後に分かります。一方で主人公のKは自分なりに生きたことを証しとして、ロイ・バッティのように死んでいくのですが。

橋渡しをしようという立場の登場人物が居るかどうかは重要です。世界は人造物VS人類の闘争へと偏ったまま進みます。その戦争の中で個体がどう行動するかは追うけれども、戦争の流れは変えられない雰囲気です。それこそ人類が体験した二度の世界大戦のように。ある種、戦記物みたいですよね。

ウエストワールドでは、ただ生きているだけではなくて、ループの中で覚醒できているか、を人造人間に問うてきます。「皆さんは人生の中で覚醒できていますか?」ってぶん殴って来てるんです。すでに映画「ファイトクラブ」で体験したことですね。

そうなると、もう厳しい。非リアでも負け犬でも覚醒できていればいいんです。でも、できてませんからね、フツーは。仮にできていても、社会は依然としてゲストたちのものですよ! だから、ホスト側の俺なんかは立ち上がらないといけないんですわ。ヲタクのミームを生んで存続させるために! なかなか難しいですわ。リアルワールドは。

[ 2018/05/31 02:33 ] 考察 | TB(-) | CM(0)

Vチューバー台頭に見える唯一感(オーセンティシティ)

今思うと、デジタルなコンテンツであるはずの二次嫁をオーセンティシティ(authenticity)していたのがMMD。巷のモデラーの功績ですわ。

VRチャットもVチューバーの増加も、『俺の唯一』感を本物にするため。ガワとしてのキャラクターモデリングだけでも、見る者が幻想を容れる余地がある。それはアイドルの要素としてならば充分。

そして、自分のものにできない嫁の時代は終焉する。昔は絵師が、自分の嫁を自分のデジタルブラシで実現していたけれども、今は自分の嫁をフルスクラッチで作れる時代。

更には自分の魂を容れることができる。つまり、作った嫁を纏う。まさに自分だけのオーセンティシティ(本物感)あふれる存在。自分というものが乗った仮想の作品。スゴイ時代ですよ、考えてみると。
[ 2018/05/30 23:56 ] 考察 | TB(-) | CM(0)

RPGの終焉とGTA3スクールの定番化

オープンワールドであること。最近私がはまるのはこの手のジャンルになってしまった。RPGでいうならSkyrimやRisen 2やKingdoms of Amalur Reckoning、GTA3スクールならSaints Row The ThirdやSleeping Dogs…。先に挙げたRPGはまだ体裁を保っているが、Biowareの近年のRPGはその骨子を失いつつある。それはなぜだろうかと考えると、GTA3スクールが定番化する理由と因縁が深いように思う。それはRPGを換骨奪胎すると、GTA3に近づくからではないだろうか。そこを考察してみたい。

オープンワールドのこうしたゲームではプレイヤーに強めの選択権が付与される。嫌いなものは後回しか無視で。好きなものはどうぞご自由に。選り好み可能な範囲はほどよく広い。

 オープンワールドの主な選択権:
 ・ミッション:メインorサイド
 ・移動先、目的地
 ・成長:スキル、能力等のアップグレード

自由度という言葉に置き換えられることもままあるが、ほとんどは幻想に過ぎない。細分化された筋立て(プロット)が何十も並行に配置されているだけだ。GTA3スクールではその数もずっと気の利いた巾に限られ、ところてん方式で、終わる度に次が現れる。

移動先は無数にあるように見えて、何らかの出来事(イベント)が起きる箇所はあらかじめ決まっている。開発における時間的経済的な予算がこの密度を決定していると言えるだろう。

成長もRPG独自の要素ではもはやない。プレイヤーからは数値が参照できない作りが昨今のスタイルで、無味乾燥な数字の大小よりも出来るようになったことを羅列していくようになった。

ゲームシステムの洗練

コンソールが主流となる過程では、ゲームシステムの要素に淘汰が起きている。RPGもアクションもジャンル問わず、一律にコンソールの限られたメモリを効率よく運用するために向いた要素だけが生き延びているように見える。これは、ややもすると遊ばせ方の定番化に繋がっている。ハリウッド映画の見せ方がどれも同じという現象に似たものだ。プレイヤーに面倒くさいマネージメントをさせない方向性とも言えるだろう。

特にコンソールのパッド操作と釣り合わない要素は割を食う傾向にある。RPGのインベントリがそれだ。主人公が多種多様な持ち物を所持し、場面に応じて使い分けるという素敵な趣向はRPGならではのものだが、この特性も幻想にすぎない。

インベントリの追放

オープンワールドでは、選択権をプレイヤーに委ねてしまっている以上、並行に用意された筋立ての中で特定のアイテムを機能させるには、必ず経緯(入手の順序)が定まるようにする必要がある。それなら、インベントリに仕舞っておくという行為は必須ではないとも言える。クエストアイテムを別に保管してやり、主人公がイベントムービーでそれらを使う様子を見せれば済んでしまう。プレイヤーにアイテムの使用・不使用でパズルをやらせる必要はない。更に言えば、フラグの用い方をアイテムに固定化させる必要は無いのだ。特定の出来事を体験した事をプレイヤーに分からせておくだけで済む。その出来事の繋がりをオープンワールドにおける筋の進行として表せばよい。インベントリがあることで増す管理の手間の方が切実な問題であるのだから。

コンソールに向いたインベントリは、プレイヤーの好みを充足させる方向で利用されつつある。ワードローブの機能であり、ファッション(外見)やバフ(暫定的なボーナス)だ。セーフハウスや拠点に居る間、プレイヤーに好きな外見を選ばせ、能力におまけを付加してやる。ミッション中はその内容で固定化し、弄ることはさせない。キャラクターの変数を一時的に固定化して、イベント処理中には変化を禁じる上手いやり方だ。

体力回復などはアイテムではなく、場所に固定化させればよい。店で食事をさせ、それによって体力を回復させる。これこそオープンワールドに向いたインベントリの進化である。

リセット

全ての細かいエリアの変化を時系列的に記録していくと、オープンワールドでは膨大なものになってしまう。ここは大胆に省略するか、その時分だけの変化しか把握しない手法がコンソールでは採用されている。

こういう体験はないだろうか。ある敷地内で物語上無関係なモンスターを殺したとする。その敷地を一旦出てから戻ってくると、再び同種のモンスターが湧いている…。リスポーンの仕組は筋立てに無関係なものとして、それが一見不自然であっても、世界の理(ことわり)としてオープンワールドでは機能する。GTA3スクールでは一般の通行人がこれに相当し、彼らの生死は全くプレイヤーには無意味である。

こうしたゲームワールドはプレイヤーがいなくなるとリセットされる。

不滅のエイミング

パッド操作と釣り合わないにも関わらず一向に廃れないのが銃撃戦だ。これは銃社会で暴力を描く必要性ゆえに淘汰されない聖域である。ご存じのようにマウスでエイミングすることを体験してしまうと、パッドのアナログスティックでヘッドショットを狙うことが如何に難しいか痛感できる。パッドでは剣を振るったり、殴り合ったり、車を運転したりする操作の方が向いている。ゲームの主要な難度として働くエイミングが、現在も主役に居座っているのはなかなか興味深い。

戦闘アクションの進化

単にボタンを押して攻撃アクション(殴る、剣を振るう、など)が起きるだけではプレイヤーは満足しない。攻防のせめぎ合いをリアルで手応えあるアクションとして感じたいからだ。

タイミングを合わせてボタンを押す行為が現在のトレンドだ。カウンターを取ってから反撃するアクションがこの種の最も上手い使い方であろう。画面上の敵の動きに合わせてボタンを押すことを要求するものに、クイックタイムイベントがある。クイックタイムイベントは押すボタンを無作為にしてしまうと単なる反射神経のゲームになってしまう恐れがある。これでは、プレイヤーはキャラクターのコントロールを一時的に放棄させられていると受け取ってしまいかねない。しかし、押すボタンを一定の法則に基づいて(例えば、投げを躱す時はYボタン)行うよう推奨すれば、プレイヤーは臨場感と供にコントロールもしっかり握っていると受け取れるはずなのだ。技の『コンボ』もある程度はタイミングに通じ、一連のボタンを押す順序が猶予時間内で完了することが要求される。

新しい体力回復法

『ポーションを飲む』だけで操作上の不利益を何も被らずに体力が回復する時代は過ぎ去った。この仕組を未だに使っているとしたら、それは戦闘アクションの完成度が低くてプレイヤーのフラストレーションを抑える方法がないからに他ならない。

時間制で自動的に体力が回復する時代も過去のものだろう。プレイヤーはその間をやり過ごすだけの待ち戦法に頼ってしまうことになるのだから。

これまでの手法の組み合わせ(*1)や、戦闘での成果に応じて(戦闘終了後に)体力が回復する、というのが新しい試みであろう。

(*1) Blades of Timeでは、時間経過か敵を倒すことでゲージが徐々に増えていく。ゲージが満了した時点で、従来の回復アイテムに相当するハートアイコンが1個分埋まり、ゲージはゼロに戻る。ハートアイコンを溜めることのできる個数はあらかじめ決まっており、超過分は残らない。回復したい時に回復ボタンを押すと、ハートアイコンが1個消費される。自動回復と回復アイテム使用の折衷案だ。

まとめ

こうして分析すると、Mass Effect 3やDragon Age 2がどうしてあのように変化を遂げたのか、手掛かりが掴める。そして、更にそぎ落とすことになるだろう贅肉も見えてくる。

※より主意がはっきりするように数行加筆しました。
[ 2012/08/19 00:48 ] 考察 | TB(-) | CM(1)

ルセッティアの功罪…ローカライザーの懐事情と野心

steam Holiday Saleはつつがなく終了し、午前3時をあれほど待ちわびていた我々の心も拠り所がなくなって、どこか空虚な仕事始めを迎えようとしている。

2010年のIndies長者はMinecraftであることに異論を唱える人はいまい。しかし、もう一人、国内発の立役者を忘れてはならない。ルセッティアだ。

Earnings Call: Recettear’s Follow-Up Revealed(Rock, Paper Shotgun)でも取り上げられたように、宣伝活動もパブリッシャも無しで、専らPCダウンロード販売網だけで10万個を売り上げた。この数字はインディレーベルでは異例の業績だ。

ちなみに10万個超の売り上げは、ルセッティアのローカライズを担当したCarpe Fulgurが1月2日時点として公表したもの。昨年9月28日(発売後一ヶ月)の時点では26,000個を売り上げたとしていた。瞬く間にここまで売れたタイトルだが、内実は複雑なようだ。

急速にここまで数字が伸びたことについて、Carpe Fulgur創設者の一人であるAndrew Dice氏が自らのブログDer Dräkblögの記事100,000 Copies Sold and What That Meansで明かしている。とても興味深いので、要約を紹介しよう。

彼らの悩みは、フルプライスでの販売成績ではないことだ。Indie Story Packを買う人が多く、このパックはルセッティア単体時セールの5ドルにすら満たない販売価格であることから、実入りはとても小さい。しかし、売れ行きを考えると定価を下げたセールをしない手はない。更に、正規のパートナーであるディストリビュータ(ルセッティアの開発元EasyGameStationのこと)が、“胴元の取り分”をもっていってしまう。10月のパックと11月の単体セール合わせて、社員の月給をまかなうほどにはなったが、割を食っているという。将来は是正したい意向だ。

また、売れたことにより、英語吹き替えを考える必要に迫られている。費用は、クオリティを重視するなら、ざっと1万~1万5千ドル。これを安全に投資できるようでないと、吹き替えは難しい。英語吹き替えが成立する場合、デュアルボイス仕様(英日両対応)を見当している。

コンソール機への移植も見当材料だ。GDC 2011での感触で判断すると氏は書いている。費用の見積もりと開発者キットの入手如何だそうだ。非ダウンロードの分野に参入するには問題が山積しており、決して楽観はしていないという。費用面でもDSなどは大変なようだ。3DSのように新型がはっきりしている場合、古いDSにこだわるべきか悩みどころだとも。

英語吹き替えと開発者キットは金銭面で折り合いがつかないので、取るとしたら、どちらか一方しか選べない。開発者キットの方が、事業拡大に繋がるので、優先度は高いが、実際にはキットの価格次第だという。GDCにいるソニーや任天堂やマイクロソフトの担当者が、氏をどのように足止めしてくれるか、見物だ。

融資を受けて借金すればよいと助言があったそうだが、この不景気で、債権者により潰れていく会社をいくつも見てきた氏には、悪い考えにしか写らない。借金するくらいなら、会社を畳むそうだ。

たいへん興味深いことに、創設者のもう一人であるRobin Light-Williams氏は、コミケット79に来日して日本の開発者と会ってきたそうだ。もちろん、次回作の為に。夏コミにも来る予定だという。彼らは海の向こうへの橋渡しを買ってでる意志はマンマンで、二匹目のEasyGameStationを、それこそ目を皿のようにして探し回っているらしい。開発者に十分な取り分を与えていることが、ことさらに強調されている。

次回作はシャンテリーゼが決まっているそうだ。同人ソフトが一攫千金だとは、これまで一体誰が想像しえただろうか?
[ 2011/01/04 09:32 ] 考察 | TB(0) | CM(0)
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