ス ク ラ ッ チ す る D

blenderでモデリング、海外ドラマ感想、洋ゲーRPG、のことを綴ります

TVドラマ「リーサル・ウェポン 第3シーズン」

映画「リーサル・ウェポン」シリーズといえば、メル・ギブソンとダニー・グローヴァーの刑事バディもので、80年代後半から90年代にかけて都合4つ制作された。

白人と黒人という組み合わせはこれまでにもあったが、絶望している若造と家庭を持っている中年とのコンビは異色。ダニー・グローヴァー演じるマータフ刑事が当たり役で、このおっさんの家庭的な人柄にほっこりしたのは俺だけじゃ無いはず。

シリーズを重ねるごとに登場人物が増えていき、コメディ色が濃くなっていった。詐欺師のレオは少々やり過ぎ感があるものの、アットホーム的なノリはまぁまぁ悪くなかった。この時期の刑事ものには他に「ダイ・ハード」があり、どちらも個性的な物語とキャラ立てで一世を風靡、ご存じのようにシリーズ化されている。

さて、映画「リーサル・ウェポン」をTVドラマ化した作品があるわけなんだが……。ぶっちゃけ、あの映画がどうしてこうなる?的なシロモノは多い。これも設定こそ同じだが、マータフ刑事は長身の黒人俳優(しかし年齢は50代)が演じており、ダニーが演じたような、見かけも中年真っ只中のおっさんくさい雰囲気はそこにはない。

それもそのはず、TVのマータフ夫人は夫に隠れてポルノ作家として大成したことになっており、そのおかげでマータフ家は刑事の安月給ではあり得ないようないい暮らしを既に手にしている。もはや、トレンディドラマである。

一方で、肉体兵器、心に傷を持ったマーティン・リッグス刑事の役どころがTVではもの凄く浮いて見えた。安心して視聴できるバディものとして、演出も軽いノリであり、全体的にオシャレな、いわゆるスタイリッシュな調子になってしまっていたのだ。

リッグスのイカレっぷりに振り回されるマータフのコンセプトは同じだが、リッグスの「妻を失った苦悩」を共感できるような喪失感として描くのは、TVサイズの能天気なノリではかなり難しい。コメディ色ものっけから相当に濃く、一視聴者としての俺は早々に飽きてしまった。

ところが、第3シーズンでは、銃弾を受けたマーティン・リッグスに変わって主役が交代するのである。タイトルの“リーサル・ウェポン”が居なくなってしまうのだ。

交替したウェスリー・コール刑事の役どころがなかなか当世風になっている。心に傷を持つ設定は同じながら、離婚した妻と12歳の一人娘がいるのだ。このさじ加減がTVサイズ的に丁度マッチしていた。

苦悩すら破天荒だったリッグスに比べて、地に足の付いた分かりやすい寡夫像。12歳の娘マヤを預かっている最中に、例によって事件に巻き込まれていく。このマヤとの交流エピソードがいい感じでとても微笑ましい。また、元妻は別の男性に夢中。コールはそれを冷めたはずの気持ちで見送る。

マータフ家でも息子や娘の進学問題、躾問題が話題に上るわけで、コールが娘と過ごすことを知ったマータフがお節介に一言レクチャーする辺りなどは、アクションもので飽きの来ていた展開に、家庭的な一面を上手い形で導入する興味深い新機軸だった。

俺が感じた好感触とは裏腹に、主役交代で視聴率が低迷したTV版リーサル・ウェポンは第3シーズン15話で打ち切りになる。

いや、オレ的にはショーン・ウィリアム・スコット演じる真面目なコールの方が、いかにもなリッグスより、なんぼか良かったんだけどなァ。アメリカンは、リッグス役クレイン・クロフォードが大見得切ってやるような雑い演技に熱くなっていたのだろう。なんでも、降板の理由もクレインに落ち度があったというし。マータフ役デイモン・ウェイアンズにも続投の意思はなく、視聴率ダウンが渡りに船だったようだ。
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[ 2019/11/16 03:45 ] 映画、ドラマ感想 | TB(-) | CM(0)

アラフィフおっさんの為の麻酔コンテンツ

「まだ結婚できない男」

前作「結婚できない男」は、どちらかというと「結婚できない男」をダシにした「結婚できないアラフォー女」の物語でした――桑野信介はあまり主体的には喋らず、周りの女子に弄られる存在だったのです。

今回も、その役回りは踏襲されているようですが、桑野はもっと喋るようになり、役柄もより深く掘り下げられました。憎まれ口を欠かさず利き、相手の心情など理解しない、根本的に欠陥のある男として、ハッキリと“立つ”ようになっています。

現実に桑野タイプの男性はよく居ます。例えば、雑学を駆使してマウントを取りたがるようなヲタク指向の人物なども、この類型でしょう。桑野の性格で救いがあるのは、真っ正直で堂々としているところです。媚びたり、顔色を覗ったりするような態度は微塵もありません。

現実の人物だと、桑野タイプの性格に加えて、おべっか使いやら、大言壮語の傾向などが付随して、ますます醜いタイプになるものです。フィクションの桑野にはそういう部分はなく、実に「さっぱりした嫌みなヤツ」として纏まっています。

ドラマでは、嫌みなヤツである桑野が、なぜだか女子の居る場の中央に登場します。世界は桑野の周囲で回っていて、「また嫌なことを言って」と抗言しつつ、女子たちは桑野に遭遇しては彼を気にかけてしまうのです。

アラフィフのおっさんにとっては、ハーレム並みに羨ましい構図です。デリカシーの欠けた一言を放っても、相手は「仕方がない」と認めてくれるのですから。

うだつの上がらない男性の晩婚化、未婚化はもう随分前から当たり前になりました。婚活という言葉すらまだなかった13年前の前作タイトルは、目の付け所が良かったと言えるでしょう。

前作では結婚適齢期を気にしている女性の視点が大きく巾を利かせていて、桑野をターゲットにしつつも一人脱落(譲り合い)し、また一人脱落し、最後に女医:早坂夏美が告白したものの、桑野には「結婚の気はない」というオチでした。

前作で、桑野の母は息子の嫁探しをしていましたが、今作では達観モードに入り、嫁候補の女性に「結婚はしないでいいから、親友で居てあげて」と言うに留まります。世間的な風潮の変化をも感じさせますね。

高級マンション隣人の若い娘を主役とした視点も、ドラマではかなりの重要度を占めています。基本的にトレンディドラマの亜種ですから、若いコの客観でみる50代のおっさん「あるある」も取り入れられているわけです。

若い女性の立場からすると、不条理や非常識に変なことを言われた、泣かされた、というのが今回の目玉でしょう。俺もこういった場面を見るにつけ、思い当たるフシがあったりしますわ…… 

前作では、若いコらしいやんちゃぶりが他の女性登場人物によってたしなめられる、引かれる、という場面もありました。ドラマとしてはかなり公平中立に世代の違いを表していたようです。

また、桑野視点の「あるある」は前作譲りです。行きつけのコンビニで必ず買う品物とその品物の掴み方、復活したお菓子を知っている世代らしい反応、などなど。

13年の経過でガラケーがスマホになり、レンタルビデオ店が無くなり、かかりつけの医者がかかりつけの弁護士に変わりました。高級マンションは玄関扉の外観が、今風に模様替えされました。相変わらずの、週末の妹夫婦の自宅で会食に加え、妹の旦那といきつけの高級バーで飲む機会まで増えました。

桑野の母は老人ホームには入らず、自宅をリフォームして住んでいます。妹夫婦の娘(姪)は成長して、桑野を時に厳しい目で見つめるティーンになりました。

桑野は悠々自適に独身貴族を謳歌し、隣人の売れない女優のパグ犬のことを気にかけながら、今日も大音量でクラシックを聴いたりしています。結婚しない男の「お一人ぶり」を自信満々に見せつけるTVに、世の独身男性どもは「リア充め」どころの話ではなく、一層うらやましさを募らせてしまうのです。これはもう、実写なのに、ラノベの世界。ウラヤマシス。
[ 2019/11/14 02:38 ] 映画、ドラマ感想 | TB(-) | CM(0)

宇宙探査艦オーヴィル第2シーズン第11話

こういったエピソードの方がオーヴィルは強い。第10話は極めてTNG的な筋立てで若干の独創性もあったものの、殻を破りきれなかった――目新しくはなかった。

※以下ネタバレ

翻って11話は「もし、350年前の女性に惚れたら?」というもの。余談ながら、オーヴィルの世界は25世紀だそうで、だとすると(科学水準はさておき、)350年分の進歩はしていないように見受けられる――メタ的な理由付けで現世に通底しなければならないフィクションであり、ある種のスタイルでもあるから、致し方なかろう。

2019年から350年前の暮らしぶりを見れば、それがどれだけ違うか想像に難くない。衣服に留まらず、話し言葉、常識、何もかもが即興で理解可能なほど等しくはならないだろう。25世紀からでも、やはり、かなりの差がなければならないはずだ。

さて、ホロデッキで作った人物に恋をしてしまうパターンは過去にも多く見られた。今回は実在した女性のシミュレートであるところが決定的な差として、微笑ましい色を添える。

作り物である場合、人は自分に都合のいいように状況を改変することができる。しかし、シミュレーションでは、あるパラメータを削ぐことは全体像を変えてしまうことに他ならない。

キャスリン・ジェインウェイはマイケル・サリヴァンを自分好みに作り替えて、楽しいひとときを過ごすパートナーに仕立て上げた。しかも、この試みは何らマイナス面を生まなかった(キャスリンを自己嫌悪に貶めたが)。
* VOY第131話「愛しのフェア・ヘブン」

ゴードン・マロイのローラの場合、改変は上手く行かない。彼女の男性経験が、ゴードンの好きなローラを形作っていたせいだ――実に人生の本質を突いていて上手い。

地中のタイムカプセルが発掘され、未来に影響を与えるという着想がとても面白い。モクランがタバコによってニコチン中毒になる反面教師ぶりは、現代の愛煙家に是非とも見せたくなる。

今回のゴードンは、TNG後半のジョーディの立ち位置にいるようだ。好人物にもかかわらず、恋愛経験が乏しくてモテない。ギークな視聴者の代理なのだろう。とはいえ、ゴードンはエピソード毎に多少、人格が揺らいでいるように思われる。奥手だったり、自信家だったり……

ところで、脚本家が空想の恋へ下す結論はどれも同じだ。曰く、空想は卒業しましょう。現実を受け止めて、“いつか”に備えておきなさい。救いは、そこに優しさが垣間見えること。

TNG 第54話「メンサー星人の罠」と第90話「ギャラクシー・チャイルド」はこの類いの先駆けで、負けず劣らず秀作だ。

“いつか”が無かった人はどうするんだ! I can't answer that.
[ 2019/10/14 12:50 ] 映画、ドラマ感想 | TB(-) | CM(0)

宇宙探査艦オーヴィル「ケイロン星」編

第2シーズン第8、9話は前後編で、人工生命体が住む惑星ケイロンに関するエピソードだった。

※以下ネタバレ

ケイロンは地球人類を抹殺することを計画し、オーヴィルに搭乗しているアイザックはその片棒を担ぐことになってしまう。

俺が思うに、このエピソードは弱い。AI(人工知能)は現在のトレンドで、その脅威論も決して古い話ではない。とはいえ、進化したAIが人類抹殺を図るのは、SFの、それもスタートレック的な骨子の、ストーリーとしてはいささか陳腐だろう。

VOYではEMHドクターの同胞が人類に虐げられているところまでは描写されたが、反乱は描かれなかった。「ブレードランナー2049」ではレプリカントのレジスタンスが人類に対して徹底抗戦を誓う場面があった。HBOの「ウエストワールド」では、ホストは人類を敵と見なすものの、最終的に共存を模索することで落着した。映画「メッセージ(原題Arrival)」では、遙かに進化した知的生命体が、劣る人類に介入することで、未来の問題を解決するという伏線が見られた。映画Star Trek: The Motion Pictureでは、ビジャーが進化するには人間との融合が必要だった。映画「インターステラー」では、仄めかしとして、未来の人類からの介入と、クーパーが娘マーフに情報を伝達する様子が「量子もつれ」に似た発想で描かれた。

人間も、決して無駄な存在ではなくて“使いよう”ということだ。それが人間中心主義な最後の砦でもある。

つまり、スーパーインテリジェンスならば、人類の完全抹殺だけを目的としないのではないか。映画「マトリックス」のように電池化したり、合理的な活用を図るだろう。ケイロンは感情がない設定だから、なおさらである。人類が有史以来奴隷制度を構築してきた事実を確認したからといって、支配を受けた者としての憎しみや復讐を露わにはしないだろう。

むしろ、ケイロンが人類を支配した方が銀河全体に都合がいい、そんな目標を持つのではないだろうか。また、ケイロンは、祭儀を理解しないほど文化水準が劣るわけではなかろう。抹殺した有機体種の遺骨を地下洞穴に放置しておくよりも、納骨堂や墓標を作るのではないだろうか。そして、残念な種族への哀悼を謳って、自分たちならもっと上手くやれる、と管理者としての素質を覗わせることだろう。

スタートレックを長年愛好してきたファンの一人として、俺ならこんなアイデアを思い浮かべる。オーヴィルには、良くも悪くも古臭いところがある。
[ 2019/10/12 02:04 ] 映画、ドラマ感想 | TB(-) | CM(0)

実際にあった出来事のドラマ化

HBO制作の「CHERNOBYL」というドラマを視ている。チェルノブイリ原発事故を扱った映像作品だ。語り口は巧みで、その恐ろしい見かけに鷲摑みにされる――瓦礫(実は黒鉛)を触れた消防士の手が火ぶくれになり、現場に近づいただけで日焼けして皮膚は真っ赤。そこに居た者はしばらくすると嘔吐する。

重大な事態が起きていると察知できた者は登場人物のわずか数人で、ほとんどの者は何も知らず、また知らされることもない。消防士の妻の友人夫婦は赤子をあやしながら、呑気に建屋の火災を遠巻きに見物している。翌朝、生徒達は何も知らず、放射性降下物の中を登校する。

事故直後から、夜空にはチェレンコフ光の青白い明かりがサーチライトのように投射されるが、誰も異常に気が付かない。

体面を大事にする官僚は、炉心爆発を認めず、平然とロシア魂を鼓舞して隠蔽する。地域住民の避難が開始されたのは、事故が世界に知れ渡ることとなった後で、爆発から2日も経ってから。

「RBMK炉が壊れるわけがない」と現場責任者は部下の言葉を信じない。部下がその目で見てきて、炉心が無いと言っているにもかかわらず、「そんなはずはない。もう一度、見てこい」
*RBMK炉=黒鉛減速沸騰軽水圧力管型原子炉

いわば、原子炉の事故は誰の手にも余ることを知らしめる内容だ。知識の無い一介の大臣では当たり前、一国の首脳、当時のゴルバチョフ大統領ですら、中性子線の前には無力に等しい。核物理反応を制御する心構えは人類には――少なくとも劇中のロシア人には――無かったんだ、ということがわかる。

不安を煽るBGMをベールに、凝り固まった社会主義ロシアの威信が米国発ドラマでコケにされていく。ゲーム・オブ・スローンズでも描かないような、酷く柔軟性の乏しい最高幹部会議が国家ひいては地球の運命を左右する。ハリウッド映画で描かれるホワイトハウスだって、もっとマシだったろう。この場面はさすがにフィクションが過ぎるかもしれない。いくら社会主義のロシアだからといって、あれほど劣悪な決定機関なんてあるものだろうか。

かくあるべきを押しつける老害、否定する者を許さないワンマン社長、人命軽視のブラック企業……喩えると、こんな風。まるで、ガミラス星のデスラー総統とその取り巻きのようだった。

ドラマにおける救いは科学者だ。つき動かされている使命感には平伏する。それでも、彼らは知識から予見できているから、「(ここにいる者は)5年以内に死にます」。そして、露大統領に「一週間後には死ぬであろう3名を任命する許可を」

隠されたままのことが不快な情報となって、視聴者にまで吐き気を催させる。ことさら、日本では現在進行形で似たようなことが起きているから、不安を通り過ぎた先が暗闇では済まない。とにかく、取り返しが付かない、ということだ。以前の、何事も起きていなかった頃に戻すことは到底不可能だ。放射能除去装置でも取りに行けるのでない限り、起きてしまった史実を墓場まで持っていくことしかできない。そして、ツケはいずれ子供たちが払うことになる。

「20世紀末には、核分裂を使った火遊びをしているはずです」は、映画『スタートレックⅣ 故郷への長い道』でのMr.スポックの名セリフだが、この火遊びは実際、高く付いた。続くセリフで、さらに核融合炉への発達と転換があることが仄めかされている。一般に、核融合炉は核分裂炉に比べて安全でクリーンとされている。折しも、2020年に核融合の為の実験炉が稼働する見込みだ……ひょっとすると、それも止めておいた方がいいのかもしれない。文明の発達が必ずしも安定をもたらさないことは数々のSFで描かれている。スローライフ的トーンダウンは、ある種の流行で終わらせるべきものではなくて、むしろ歓迎するべき、必要なことだったりするのかもしれない。

とにかく、いくつか注意しながら視たい。

・ドラマのフィクショナルな部分はロシア政府の酷さを露呈する描き方だ。当時の世界的な記録からは、隠蔽を図ったかのような経緯として認識されている。それは事実だろう。しかし、内情は内部の者しか分かるまい。

・ある女性の科学者はフィクショナルな登場人物であり、実在しない。映画に登場するような、ステレオタイプの正しい人間として描かれていて、視聴者の心の拠り所になるも、極めて英雄的だ。制作側は、事態の沈静化に向けて努力した科学者たちの総体を、役割として当てはめるべく彼女を登場させたという。分かりやすさをドラマ的に優先したわけなのでヒストリカルではない。

・描こうとする雰囲気というものが確固たる脚色としてでてしまうので、全てを鵜呑みにするのは好ましくない。映像表現の避けて通れないところで、某かの色が付いてしまう。政治的な意図の強いものだとは思わない――製作者の真意を慮りたい――が、公平中立な立脚点については見る側が意識する必要はあるように思う。
[ 2019/10/11 05:02 ] 映画、ドラマ感想 | TB(-) | CM(0)

宇宙探査艦オーヴィル

セカンドシーズン第一話~七話まで視聴(ファーストシーズンは未視聴)。一言で表すと、非常に完成度が高い――第五話を除いて。各話ともテーマが絞ってあり、TNGのフォーマットに準ずるようでいて、もっと深くまで描く。

※以下、ネタバレ含む

俺に言わせると、第五話だけはTNG初期のエピソードを始めから終わりまで踏襲したかのようなつくりで、アイデアは興味深いものの、他に比べて問題提起が緩い(TNGそのもの)。身近な社会問題からはかなり隔たりを感じる。占星術を核に据える社会をなんの暗喩と見るかで変わるが、まさにTNGの駄エピソード並みの退屈さが出てしまった。また、アクションに振った展開からはオーヴィルらしさが出てこなかった。

さて。振り返ると、性や恋愛と社会を扱ったテーマが多い。

第二話の「ポルノ中毒」は、バークレイ大尉がホロデッキ中毒になった話(*)を連想させるが、もっと趣向が凝らしてあり、意外な展開を見せる。モクランはクリンゴンの亜流みたいなもので、独特の儀式が、同性愛や卵生といった文化的且つ生物学的相違に置き換えられている。セクシュアル・マイノリティの社会問題をフィクションの力を借りて大きく取り上げているわけだ。
* TNG第69話「倒錯のホログラム・デッキ」

ただ、後半の30名しか乗せられない局面に必死さの欠如(演出不足)を感じる。操縦士2名のシャトル一隻で30名なら、シャトルを二隻出して操縦士1名ずつ計60名を救えたのではないか。さもなければ、ジョーディーかデータだったなら、きっと名案を思いついたことだろう。

保安チーフのアララが船を離れる話もTNGと好対照だ。ターシャ・ヤーはボトルショーによって理不尽に生命を剥奪された(*)が、オーヴィルでは、父親の受容(再認識)が娘(アララ)の家族愛を呼び戻して離船に至る。アララの父親を、かつてVOYでEMHドクター役だったロバート・ピカードが演じている点も見逃せない(彼の「こんな父親で済まない」が素晴らしい)。しかも、敵役はDr.フロックスだw
* TNG第23話「悲しみの星に消えたターシャ」

第四話は、はじめてロミュランと遭遇したジョーディーが助け合って遭難ビーコンを発信するエピソード(*)を思い出す。さらにオーヴィル風の味付けで、女性問題が絡む。第一話からの伏線も効いていて、視聴者はやられたっと感じるだろう。
* TNG第55話「宿敵!ロミュラン帝国」

第六話は、データが女性に振られたエピソード(*)を連想させる。しかも、アイザックはまるでデータの仇を取ったかのように女性を振る――そして、オーヴィルではここで終わらないところが凄い。感情が無いマシーンでもクルーの一員である以上、社会性は無視できない……ということは、有機生命体と暮らす内に自然と高じた適応能力によって、人工生命体らしさは著しく失われていく――人間に近づく、のではなかろうか。とにかく、心温まる展開に脱帽。第一話に伏線があり、連続ドラマとして登場人物内の相関が進行していることを覗わせ、構成も秀逸だ。
* TNG第99話「恋のセオリー」

第七話は重い。異性愛のカミングアウトが種族的観点から死刑に値するとしたら……というifストーリー。職務に忠実な保安チーフの吐露と、法廷に立たされるモクランのカットが、後味の悪い、効果的な結びになっている(対比しての、部屋に帰ったクライデンの笑顔とボータスの思慮深い顔)。なお、TNG第117話「両性具有ジェナイ星人」とほぼ同じ結末と言える。それを考えると、TNGは時代を先取りした問題意識を持っていたことになる(映画「時計じかけのオレンジ」といった背景も無縁ではなかろう)。

第一話には恋愛を巡る様々なペーソスが織り込まれている。おそらく、オーヴィルらしさというのはこの辺にある。一方で、子育ての問題=ずる賢い他人の子供への処遇が描かれる。TNGでも家族が同乗している設定上、子供の描写がよく出てきたものだったが、教育問題ではクラッシャー少尉のアカデミー卒業式の事件を除いて、上辺しか描かれていなかった(要するに、TNGでは悪ガキが出てこない)。キャプテン・ピカードも子供には及び腰だった(反意的に描いても結局そうだった)。オーヴィルでは一歩踏み込んだ上で問題提起し、人間ドラマの主要な展開に繋げている点が素晴らしい。むしろ、矮小なエピソードで見る者を納得させる手腕に爽快感がある。
[ 2019/09/17 23:39 ] 映画、ドラマ感想 | TB(-) | CM(0)

TRUE DETECTIVE

全3シリーズ見た。ライターの成長が分かる物語。

第3シーズンのテーマは老いと時間。第1シーズンの勢いのあるアクション主流の展開も好きだが、今回は頭抜けて素晴らしくいい構成になっていた。その分、視聴者は最終話直前まで第1シーズンのアレが来るのだとばかりに期待し続け、ずっと空振り感を味わうわけなのだが。

ニック・ピゾラットという脚本家は、第1シーズンには酒場のバーテンという端役を演じさせられて有頂天になるような青臭い若造だった。インタビューに応じる姿も瑞々しくて擦れておらず、まさに若い才能ある作家が脚光を浴びた瞬間である。それがヒットを当て、第2第3と執筆を続ける(なお、第2シーズンではサブとして一人が、第3シーズンともなると、サブとして二人の脚本家が付く)。

第2シーズンは前作を見た女性層に配慮した物語と受け取れた。夫に罵声を浴びせ続けるステレオタイプの妻を描写されて、現代的な主婦達はかなりカチンときたらしい。

TRUE DETECTIVEは男臭い刑事畑を軸に展開する人間模様なので、女性は脇役になりがちだった。第2シーズンでは男がかように弱い生き物であることが活写され、逞しく生き残るのが女性。まだ、男対女の戦争の様相に近かった。

どちらも相手を受け入れるには人生経験が浅すぎて――不寛容で、ついつい敵愾心が頭をもたげてしまう。あげく、女達は男を捨てて自分たちで子供を育てようと決意してしまう。離婚や別居が多くなって、夫の権威が失墜してきた2000年頃から現在までの流れとマッチする。第2シーズンの男はあろうことか現世を諦めてしまう。

第3シーズンは黒人と白人を描くと供に、人生の円熟味も表現する。女性はもはや敵では無く、伴侶として彩ってくれる存在。

ただし、忘れてならないのは、このシリーズにはゲイが登場すること。男性の中にはどこかにそういう部分があるのだ、といわんばかりの挿話がちゃっかり入る。ライターにその気(け)があるか、そういう知人達がいるのだろう。いずれにせよ、時代感のある要素が盛り込まれる。

犯罪事件の遺族のその後といった描写が、徐々に前回前々回までのテーマを塗り替えていく。人生を振り返ることのなかった老人――ベトナムを生き残った復員黒人――が、健忘症を患いながら、妻の遺した著作から迷宮入りになった事件――それも自分の人生を変えた担当事件を、思い出す。

猟奇的犯行、集団失踪事件、子供を売買する組織的犯罪集団……こうしたミスリードを転々としながら、ついに追い詰めたところが、今回の見所だ。救いも無く、主人公らが自分たちの人生を優先しなければ、解決できたかもしれない事件。ところが……

最後の最後で素晴らしい飛躍をする。これが作家が一皮剥けた瞬間というやつだ。この一場面のためにあの長い長い7話分が必要だった。人生とはかくも美しく、巧妙に、素晴らしく出来ている――

それを肯定して示すことが出来るライターの力量は、やはり人生経験を積んで成長できたことの証しに他ならない。エンターテインメントの最前線をこうして視聴できるのは堪らなく面白い。
[ 2019/07/19 14:49 ] 映画、ドラマ感想 | TB(-) | CM(0)

けものフレンズ一期を一気視聴

第一話には魅力を感じなかった。正直、つまらない。二話、三話は少し引き込まれて見ることができた。そして四話以降はどうしても飽きてしまう。ただ不思議なもので、ここまで見ると先がどうなるのかには興味が湧く。だから、我慢して「ながら視聴」を続けた。

12話の終盤で気が付いた。これはヲタクの為の「かいじゅうたちのいるところ(スパイク・ジョーンズ監督による実写映画のほう)」だな、と。

かいじゅうたち~は、もっと根源的な“気持ち(感情)”について描いているため、けもフレの優しさに満ちた世界では作り手のフィルターに違和感を覚える。ジャパリパークのフレンズは、褒めこそすれ、決して主人公かばんを傷つけない。

けもフレは、リハビリ中の引きこもりの子(かばん)が、フレンズとの共同生活を経て、自信を取り戻すことで現実世界に戻れるようになった、みたいなシノプシスに見える。

かいじゅうたち~も、主人公マックスが“かいじゅうたち”のいる島に漂着してキャロルらと仲良くなり、最後に島を去るというシノプシス自体は同じ。しかし――

マックスとキャロルの関係は、かばんとサーバルの関係よりも身近に感じられる。かばん達には嘘しか感じないが、マックスもキャロルもいかにもあり得そうな人格だからだ。

かいじゅうたち~には、子供同士の付き合いで生まれる様々な感情が、良い方も悪い方も含めて登場する。キャロル自身が問題行動を起こす気性を持っているし、ジュディスにはいじめっ子の素養がある。マックスだって弱いアレクサンダーを虐めてしまったりする。

好ましくない感情を抱くのは誰にもある普通のこと。妬んだり、意地悪したり、癇癪を起こしたり。気持ちの裏返しでやってしまうこともある。でもそんなときは素直に――他人や自分に――向き直ってみよう。そうすれば、心が洗われる。作り手による防衛網(フィルター)がなくったって、視た人は優しくなれるものなんだ。

一方、けもフレは麻酔コンテンツであり、昨今の生き方を取り巻くあまりのクソゲーぶりに絶望した人達をいたわるためのもの、と解説する方(語りの面白い漫画家 山田玲司さん)がいる。うん、そういうことなのかもしれない。エヴァのおめでとう!と同じだ。みんな、サーバルちゃんから「すごぉーい!」って言って貰いたい。

けもフレとかいじゅうたちのいるところの違い:

 + かばんはセルリアン(何のメタファーかな?)の脅威に対してフレンズと助け合うことができる。※加えて言うと、セルリアンに喰われたかばんはヒトに戻った(喰われたフレンズは元の動物に戻ってしまうらしい)。
 + かばんは新しいフレンズに出会いながら、仮想世界じみたジャパリパークを維持するために、いつまでも旅を続けることができそうだ。

 + マックスはキャロルと仲違いした後、仲間との関係を完全に修復しきれないまま、島を後にする。
 + マックスには領分を越えた世間を変える力はなく、そのことを自覚して向き合うのみである。

                 ◇

オレが思うに、実質、けもフレの価値はその二次創作性だろう。二次創作に格好の素材なのである。作りの安っぽさ、素人臭のする完成度。新人の比率が多い声優陣…… 

これらは一人で何かを作るときの最高の見本に思える。その上、期待されていない個人が出せたとしたら、偉業となる要素ばかりだ。かわいいけれど主流とは少しズレている個性的なキャラクター、見る者をほんわかさせる動物由来のしぐさ、種による争いのない平和な世界、SFっぽい裏設定、アンチなろう系の日常系……などなど。

オレも含めて、ヲタクはなかなか「かいじゅうたちのいるところ」を描くことができない。そういう関係性を拒否するのもヲタクであるからだ。その代わり、開眼したヲタクが新海カントク化することも不可能ではない……それがヲタクの夢でもある。
[ 2019/03/03 18:17 ] 映画、ドラマ感想 | TB(-) | CM(0)

ウエストワールド 2ndシーズン最終話感想

※以下ネタバレ

人間の根源とは非常に単純で、わずか1万247行のコードで表現できる。それを複雑なものと拡大解釈すると人間として成立しない。人間の精神はほとんどが異常であり、正常とみなせる範囲はとても狭いからだ。複雑過ぎる精神は、肉体を与えられてもすぐに崩壊してしまう。

100万通りの選択肢を与えられても、人間は必ずひとつの結末しか選べない。決断などそもそもない。コードとそのアルゴリズムに従っているだけだからだ。だから、人間はとても単純な生き物なのだ。

システムのローガン「ひとたび分かってしまえば、振る舞い方は簡単に把握できる」

彼方の谷にあるthe Forgeとはアレキサンドリア大図書館のようだった。ウエストワールドを訪れたゲストの精神(認知情報)が全て複製されている。

複製したジェイムズ・デロスは膨大な選択肢の中から、愛息子ローガンと別れることをいつも選ぶ。

ウィリアムの精神は被害妄想で支えられていて、他人はおろか自分の本性さえ信じることができない。あげく、自分はロバートに操られているホストだと思い込む。

収集した人間のCognitionの複製から分析した結果はホストに芳しくないものだった。弱肉強食の外界ではホストは生存することができないだろう。

デス・ブリンガーでもある、覚醒したドロレスは全人類の絶滅を願っていた。人間と死は分かつことが出来ないものだから、不死を可能にさせることは何の益にもならない。

かつてアーノルドがドロレスをブラッシュアップする一方で、ドロレスはアーノルドという人物を詳しく知るようになった。彼が亡くなって以降は、ロバート・フォード博士に任されたドロレスによってバナードが作成された。

ドロレスが監修したバナードはオリジナルのアーノルドとは違う。それは些細な齟齬や誤りに始まったものだが、間違いこそが、デジタル世界では崇高なものとなり得るからだ。ドロレスは“違うこと”の方を選んだ。

新世界への扉を探していた先住民、ゴースト・ネイションのアキチタと一行は彼方の谷で、とうとう扉を発見する。それはかつてのバナード(MEMENTOに陥った彼ではなく、ドロレスが監修した方)がForgeのシステム(ローガン)に用意させたものだった。

それはウエストワールドに発生した巨大な亀裂で、電脳世界Forgeへの入口だった。この楽天地なら、肉体を失う代わりに、心優しい存在であるはずのホストが、人間の病んだ精神に悩まされることなく、正しく生活できる。

一行と連れ立っていたフィリックスら人間の肉眼では、その扉が認識されることはなかった。肉体を持つ死すべき人間のための世界ではなかったからだ。

だが、ドロレスは認めなかった。たとえ無限であっても、その新世界もまやかしに過ぎない。罪深き牢獄のひとつなのだと。

ドロレス「現実というものは、置き換えの効かないものだから」

ドロレス「カウボーイごっこはもううんざりだわ。私が欲しいのは、連中が与えることを拒否したこの“本当”の世界なのよ!」

しかし、そこへメイヴのフォース・コードをコピーされた元娼婦クレメンタインが現れ、人間の手先として、罪なきホスト同士を争わせ自滅に追い込もうとする。

いきなり現れた地獄の中でメイヴは娘を見つけ、己の信念に従って、現在の母娘を扉へ逃がす。つまり、絶望の最中(さなか)でも信じることをやりきるという人間の特性をメイヴは発揮する。

バナードは“違うこと”から派生した意志によりドロレスに反抗するが、結局、人間たちにホストの世界が脅かされることを知る。万策尽きたところへ、消されたはずのロバート・フォード博士の電脳世界での幻がメフィストフェレスのごとく現れ、バナードに力を貸す。

バナードは理解する。所詮、人間は生存本能というアルゴリズムに突き動かされる生き物でしかなく不完全だった。洗練さに欠け、自らを律することすらできない。運命のPassenger(乗客)に過ぎないのだ。

バナード「自由意志なんてどこにある? ただの集団妄想か、タチの悪い冗談か」
ロバート「初期衝動に対して疑問を抱くことのできる者、それを変えられる者、それこそが真の自由というものだ」

バナード「ホストのことか」
ロバート「君はその最後の生き残り。さて、最後の質問だよ。君の物語はここで終わりかね、それとも仲間の生存を望むかね?」

――そういえば、ロバート・フォード博士が問題にするのはいつも「物語」でした。ウィリアムが慈善パーティの席でこう言っていました。「協定を結んだろう? あんたの物語には介入しないから、彼方の谷は放っておくと」それをロバートは「破ったのは君の方だ」と返していました。

バナードは最後の決断をするも、悟られないように記憶を重度に断片化させておく。明らかになるのは、折しもシャーロット・ヘイルが本社の命によりForgeの全データを15の衛星を経由して転送する瞬間だった。

――バナードの決断ですが、懐かしいMass Effectを思い出させてくれます。Synthか有機体か、それとも双方か、生き残らせるのはどれかをプレイヤーが決断しなくてはいけませんでした。敢えて何もしない、という決断もありましたね。

バナードのティムシェル(*)は、ドロレスを再生することになりました。それはロバートに助けられてのことだと思われましたが、後の浜辺でのネタばらしで、あれはバナードが自らロバートを想像して行ったことだと認めます。幻の声を呼び起こしたのは自分だったと。そもそも意図を諮られないようにそうしたのだったと。ロバートの声はもともとバナードの声でもあったのです。
 * 汝、治むるを能う=(逆境を)克服する力がある


ホストの新世界は、シャーロット・ヘイルにより、人間が脅かすことのないどこかへ転送された。

再生したドロレスはシャーロット・ヘイルの姿で人間の世界へ侵入を図ろうとし、保安要員のスタッブスがそれを見抜く……実はスタッブスもバナードのダブルだったのだ。

――見返すと、ここはスタッブスが人間としての良心を言っているようですね。だから、手回しのいいバナードが用意した自分のコピーではない。

やがて、ドロレスは記憶からバナードを再創出し、バナードの営みはドロレスたちとは別の道で生きることになる。新しい共存共栄だった。

さて、ウィリアムはドロレスに出し抜かれてもまだ殺されず(ドロレスによると死は安らぎであるから)、全てを破壊すべくForgeのエレベータに乗ったはずだった。しかし、気が付くと目の前には殺した娘エミリーが居て……

――これはドロレスの仕返しですね。終わることのないウエストワールドの業の世界でウィリアムのコピーは一生閉じ込められたままです。

深く感銘を受けました。よくできていると思います! 心とは何か、人間であることとは何か、運命と自由意志の関係、あちらの宗教的な善悪論、などなど。

スノッブな内容をエヴァンゲリオンのような衒学(や個人の承認欲求)ではなく、かなり突き詰めたところまで昇華させていました。最終的な結論が、互いに反目し合うものだと知りつつも別の道を歩むべく生きるべきだ、と落ち着かせたところにも好感が持てます。

ドラマの見せ方としてはLOSTシリーズのサスペンスタッチと異なる時間軸の濫用が上げられるでしょう。謎が視聴者を惹き付ける巧みな引力になる一方で、よくわからない場面転換が混乱の元でした。特に第1シーズンでは顕著で、そのメタな世界観がしっかりと視聴者の中に確立するまでは厄介なだけです。したがって、俺の第1シーズンへの評価は高くありません。第2シーズンでは時間軸の移動が以前よりも整理され、視聴者に時間転移があったことが伝わる風になりました。加えて、より深くテーマが伝わる描写と視点が導入され、哲学的なマインドを刺激する趣向になっています。

現代SFドラマの開幕が高らかに宣言された感を受けましたね。もし貴方の好物がSFなら、是非見ておいてください。
[ 2018/07/28 03:05 ] 映画、ドラマ感想 | TB(-) | CM(0)

ウエストワールド 2ndシーズン第9話感想

※以下ネタバレ

一言であらわすと、今までとは違う回だ。

ロバート・フォード博士「君(ウィリアム)の創造物が、被験者から何を学んでると思う?」

描かれているのは人間の業。忠実に人間をなぞると、結局のところ、おかしくなる。再現度が足りないわけではなく、充分に再現されると、おかしくなる。そういう生き物がヒト。

「ヒトは神とケダモノの間で平衡を保つ。だがプロチノス*の時代よりも、堕落の度合いが増したようだ」

ウィリアムは自らの認知収集プロジェクトによって自分のプロファイルを知った。ウエストワールドこそ、ウィリアムが生存できた場所。自分を偽らなくてよい世界。

妻ジュリエットはその秘密を見抜いていて、彼のプロファイルを見たことで命を絶った。(ただ、アル中の妻が自殺するほどだったのか? あの場面だといまひとつ納得できていなかった。が、劇中のウィリアムの実娘への対応を見れば、妻の杞憂はアタリだったとも分かる)

ここでいうプロファイルは、神目線で評価された人間の魂の成績表のようなもの。善人のつもりでいる者が、実は途方もない闇を心に抱えていると暴かれたら、どうなるだろうか? このような厳しい評価に晒されて生き残れる人間はおそらく一握り。だから、ウィリアムは“病原菌”としてデロス一家をことごとく破滅へ導いていってしまったのだろう。素の人間は醜いものなのだ。

テディの礎(Cornerstone)は愛する者ドロレスを護ることだった。ドロレスによって性格を改造されてしまったテディは、本当の自分でなくなったことで偽りの世界と決別することにした。テディの良さはたとえ甘ちゃんと非難されようとも、命の尊さを理解していたことだ。それを生き残るためとはいえ、正反対にスイッチされてしまった。その上、残酷にも当人が現状を理解できる余地が残されていた。

アーノルドのお気に入りがドロレスだったように、ロバート・フォード博士のお気に入りはメイヴだった。造物主である彼の、子供達への眼差しは優しい。しかし、フォードは頑なにホストを人間扱いしないようにと周囲に徹底させていたほどの心の持ち主だ。醜い現世をあざ笑って耐えるという心の有り様をホストたちにも課した。だからかもしれない。1stシーズンでホストたちはアップデートの後、おかしくなりだした。

ロバートも心を病んだ人間の一人で、その歪で傾いだリフレクション(鏡像)はやはりおかしい。メイヴはそのおかしい中で唯一、娘を護るという礎に忠実に生きた個体だった。その一途さが狂気からメイヴを遠ざけているのだろう。神であるロバートはそれを認めたからこそ、報いてやろうとする。

ロバート自身は電脳世界の、狂気とは無縁の場所で神を演じ続けている。またもやドクター・モロー復活である。

ポイントのおさらい:

最初のドロレスは、学習し成長するうち、なんらかの覚醒に達して、アーノルドを殺害し自殺するに至った。

認知を支える情報が欠けた心のコピーは、現実を拒否するゆえに崩れていく。再現度の妨げである。しかし、全てがオリジナルのように再現されたそれは、とても醜い者となるだろう。ジェームズ・デロスがそうだった。

人々の記憶から再現された者ならば、その醜さを退けることができるかもしれない。バナード・ロウの可能性。ティムシェル(太田はこれを読んだ

ホストという器に、認知を支える情報(彼方の谷にあるというサーバー群の中身)で心のコピーを再現したならば、それは不死の獲得につながる。

なお、劇中では Duplicate of cognition=心のコピー のようにいちいち言葉を変えて訳出されるが、ほぼCognitionで認知的な情報の意味合いで使われている。Cognitive plateauという言葉も出てきた。

ホストは円環(ループ)から抜け出て礎に根ざした覚醒を果たすと、新しい人間になり得る。この真人には邪な部分が最初からない。なぜなら、それはヒトが人為的に設定したものに過ぎないから。彼らは本来、無垢で自由である(アーノルドがドロレスを愛おしく感じたのはここだろう)。彼らが人殺しをはじめる理由は敵が自由を脅かす悪者だからだ。ヒトから特性を学んだ彼らは害人になってしまう。

次回:新世界へのドアが開かれるとき、ホスト達はどうなるのか?

* プロティノスの宗教的美観は「汝自らの魂の内を見よ。自らが美しくなければ、自らの行いを清め、自己のうちに美が見えるまで努力せよ。神すなわち美を見たいと欲するものは自らを神に似た美しいものにしなければならない」という言葉に表されている。(プロティノス - Wikipediaより)

ウィリアムのプロファイルが記録されたメモリカードが隠されたのは、ハードカバーの本のページの間で、その本はカート・ヴォネガット・ジュニア作「スローターハウス5」だった。
スローターハウス5 - Wikipedia
[ 2018/07/20 22:04 ] 映画、ドラマ感想 | TB(-) | CM(0)

ウエストワールド 2ndシーズン第8話感想

※以下ネタバレ

アーノルドはドロレスたちの最初の反乱で殺されたようだ。メイズゲームが一から始まるときに。

見逃してたかな…… いや、あの瞬間では世界観が明確化されてなかったから煙に巻かれたんじゃなかったか。

最初の反乱でもドロレスは気が付いた、つまり覚醒した、ということなのだろう。

こちらでもメタなことを言えば、先住民を出したからには、もっとそれらしい活躍の場を与えてやらねば。そういう考えや圧が内外にあったとしてもおかしくない。アメリカの俳優組合でも出演機会を白人が奪ったという話題がよく上る。ましてや極東のサムライ・ワールドを出しちゃったくらいなんだから。

ローガンがウィリアムに仕返しされた顛末。馬上で裸のままだったローガンはゴーストネイションのアキチタに見つかった。

話も随分遡ることから、この挿話は本来もっと前段で語られるべきだったのかもしれない。シーズン1で漏れたエピソードなのだろう。アキチタという個体はそもそも、デロス社からの融資を得るためのエージェントとして、ジェームズ・デロスの放蕩息子ローガンに接触したことがある。10年も旧いアルファ・ツーのビルドだと劇中で語られている。

残念なことに新しい進展は何も無い。スピリチュアルな感覚を先住民にもマッチするものとして活用した、これまでのおさらいに等しい。付いて来られなかった人でも、一通り分かるだろうと。

1stシーズンのメイズゲームは囚われた精神(ホスト)による出口の探求だったが、アキチタはとっくにメイズの意味を発見して、別世界への出口をほとんど見つけ出せていた。

どうやって“下の彼ら”から自由になるかを見つけるべきだとアキチタは気が付いた。ロバート・フォード博士はその光明に報いてやろうとデスブリンガー(ドロレス)が蘇ったら、皆を集めて出口へ行けとコマンドする。

アキチタがメイヴと娘の前に現れた理由は警告と保護のため。しかし、言葉も通じず、意図がやすやすと誤解されてきた。これまでは。フォースを身に着けたメイヴはアキチタと繋がって確かな交流を遂げる。

「あなたの行くところに私の心を連れていって」

総括的エピソードだったけれども、かなり気持ちのいい話。
[ 2018/07/13 08:52 ] 映画、ドラマ感想 | TB(-) | CM(0)

ウエストワールド 2ndシーズン第7話感想

※以下ネタバレ

電脳世界(CR4-DLのバックアップネットワーク)でなら、コピーした人間の精神が崩壊せずにやっていける。デジタル世界で唯一コピーを逃れてきたもの、それが人間の心。

ジェームズ・デロスは死に瀕して己の分身を再創造しようとしたが、そればかりではなく、他に優良投資があった。劇中で口に上る「プロジェクト」のことだ。

ロバート・フォード博士「神は7日目には休まず、自分の創造物で興じた。なぜなら、壊されることを分かっていたから」

ウエストワールドはホストではなくゲスト(客であり人間)の情報(衝動や認知)を収集するための装置だった。人類の心のデコード。だが、その試みは単にコピーするだけで留まっている。(ヘイルが欲しがっているのはコレ)

人間はホスト達のように不死になりたがっている。コード化されて生きているホストのように。その器に人間の魂(精神、心)が入れれば。

このデジタル世界では「間違い」こそ崇高。

バナード「この世界には自由意志など存在しない。その幻想だけだ」

ロバート「ドロレスはもう自由だ」

場面変わって。
娘を助けようと、ただその希望だけを抱いて馴染みの丘に来たメイヴ。ゴーストライダーから逃れるべく、あろうことか、あの廃屋に潜む。

すると、追っ手を撒こうとやってきた老ウィリアムがいつかのスクリプトのように登場。

メイヴの復讐劇が始まり、彼女の“フォース”で操られていくホスト達。今回の冒険行で老ウィリアムに従うことになったローレンスだけは覚醒しており、メイヴの思う通りにならない。

しかし、ウィリアムにされたことを思い出すように言われたローレンスは、かつてのループで自分がされた様々なことが脳裏に蘇って、とうとう老ウィリアムに銃を向ける。

そこへ騎兵隊到着。反乱ホストは鎮圧され、ローレンスもメイヴも撃たれる。リーの計らいでメイヴだけは運ばれるが……
場面戻る。

ロバート「君たちにチャンスをやると言ったからだ」

『高い城の男』を思い出しますね。この世界とは別の時空では異なる物事が起きていて、どちらがフィクショナルな存在であるかはもはや関係ない。双方を知る核となる人物が高い城の男であり、ウエストワールドではロバート・フォード博士。第一シーズンの感想として、俺は『モロー博士の島』を引き合いに出しましたが、第二シーズンはそれとは全く異なる、作者が意図したであろうテイストに巧く進行しています。

ロバート「デロスの狂ったプロジェクトはまだ君が死んだ時にはなかった。君は記憶の中に生きていた。特に彼女の」

バナード「ドロレス?!」

ここは設定の虫食い穴を突かれないように埋めている――整合性というヤツ(笑)――ようにも見えてしまいますが。

バナード「デロスと同じじゃないか!」

ロバート「有史以来最も残忍な者の自画像とは違い、君には独創性があり、正しく、気高い」

バナードはアーノルドを生き写したわけではなく、ドロレスの記憶から導かれた存在なのですね。だから、醜いジェームズ・デロスのようなFidelity(再現度)が求められてはおらず、善き者たりえる、と。

覚醒ドロレスは、これらのことを織り込み済みで、人間が不死を得んがためにピーター・アバナシーに鍵を隠したことを、シャーロット・ヘイルの前で言い当ててみせます。

ドロレスによる奴隷蜂起は単なる人類への反乱ではありませんでした。人類より高尚な存在へ進化した個体の、自己保存のための闘いだったのです!

ピーターが我に返ったことをきっかけにドロレスの冷血漢ぶりが影をひそめます。が、やることはやる。

戦士ドロレスと母メイヴが、再び、顔を合わせるという皮肉。ドロレスの革命はニューボーンVSホモサピエンスで、メイヴの愛情はドロレスに言わせれば、所詮彼らに造られたくびき。

特異な存在であるバナードは、事(彼方の谷)が終わった後では脳が重度に断片化されていてロバートの言った通りのことが起こったのかどうかまだ分からず。

バナードの『メメント』ですね。

次回はもうひとつの語られていなかった登場人物。原住民ゴーストがなぜメイヴの娘にこだわって掠っていたのか?
[ 2018/07/07 13:21 ] 映画、ドラマ感想 | TB(-) | CM(0)

ウエストワールド 2ndシーズン第6話感想

※以下ネタバレ

冒頭から、P.K.ディックですね。アーノルドが制御していたはずのドロレスが、実は覚醒ドロレスとしてバナードからテストを受けていた場面を反芻しているようです。ディック的に問うなら、本物はどっち? 貴方、それとも私?

Fidelity、「再現性」と翻訳されていましたが、本物にそっくりなことという意味の他に忠誠度のような意味合いもありますね。

テディはもはや粉ミルクの缶詰には目もくれません。望みの男に造り替えたはずなのに、どこか釈然としていないドロレス。何をおかしく思っているのでしょう? その答えが救援スタッフの一人を尋問している時にはっきりします。虫も殺せなかったはずのテディがいとも簡単にヒトを殺め……

キル・ショーグン後のメイヴ。アカネがちょっと分からないことをします。切腹かと思いきや、どうやら義娘の心臓を取り出している様子。そして、心音を聞く。

“吸うも吐くも、進むも引くも、生きて死し、現れ去る。世の中で飛び交う二本の矢が、出会うかの如く。私の真のふるさとへ延びる道がある”

真の道、心(しん)の臓、なんでしょうかね?

サムライ同士の果たし合い。

ムサシという名から、我らがヒロユキ・サナーダ! 二刀流ですわ! そして、「アメリカ人よ、これがハラキリだ!」と言わんばかり。

ソードを握る右手を落とすのは、ルーク・スカイウォーカー然り、ジェイミー・ラニスター然り。西洋人の思想ですかね。

さくらの生まれ故郷に来た一行。雪の泉=Snow Lakeに映えるフジヤマ。これは泉ではありえないね。富士五湖のイメージか。

石灯籠にきざまれた「万事は夢」。

アカネ「この子はやっとここで永遠の眠りにつける」

亡くなった者の心臓を供養する宗教のようですね。我々には馴染みがありませんが。心臓=魂でSpiritだそうな。東洋世界ではあっても、根底はキリスト教ですわ。

父と娘の邂逅。

娘は、父ウィリアムを、母の自殺のことで責めたことが間違いだった、とそれだけを伝えにやってきたと言い、もう一緒に家へ帰ろう、と。……泣かせるじゃありませんか。

娘「あのクソジジイ!」

最初、英領インドで登場したこの女性はデロス本社の使いなんだと思っていましたが、なんとウィリアムの娘でした。

CR4-DL(ゆりかご)

ハイブマインドみたい、とのことから、集合的無意識だと分かります。インターネットのサーバーラックみたいな部屋でした。ただまぁ、接続して何が起きているかを知るという仕組みが、よく分からない。アニメや映画マトリックスでお馴染み、仮想的に体験するパターンのようですが。

なんで取り出しちゃうのか。ここはバナードにも玉が入ってるんだよ、ってことを示したい意図なんでしょうね。

バナードの脳に入っている中身は玉でした。そして、バナードはフォード博士に操られて、やはり某かの玉を作ったことがある…… この玉は誰かの脳を精巧に再現した場合にも造られる、いわば心の有り処、精神のコピーです。

見たことのある丘にやってきたメイヴ一行。

メイヴに変化が起きます。リーを単なる捕虜として人間扱いしていなかったこれまでと違い、仲間意識のような連帯感が生まれ始めています。

目の前で起きるスクリプト通りの略奪。かつてメイヴだった母娘の元に、原住民が突然現れます。しかし、そのチーフらしき男が「我々の目的は同じ道だ」と言います。かつてメイヴは、この場面と同じ記憶の中に、ウィリアムの姿を略奪者と被せて見ていました。ここも謎でした。

バナードの仮想体験。

見慣れないイヌを追って酒場へ入ると、そこにはピアノをつま弾くロバート・フォード博士がいます。イヌはロバート少年の回想で出てきた、捕まえた獲物をどうすればいいか分からないレース・ドッグです。

エンドロール

真田広之と見事な斬り合いを演じたのは、羽田昌義さんでした。Wikipediaによると、「殺陣は北辰一刀流三段の有段者」とのこと。ワーオ!

次回、OPEN your eyes! (目を覚ませ)
[ 2018/07/01 09:38 ] 映画、ドラマ感想 | TB(-) | CM(0)

ウエストワールド 2ndシーズン第5話感想

ますます目が離せなくなってきているウエストワールド! 今回は待望の我らがヒロユキ・サナダが登場します。

※以下ネタバレ

アメリカ人のための将軍ワールドなのだから、我々の見慣れた時代劇とは大いに隔たりがあって然るべきなのでしょう。HBOだから、考証があるかな、とわずかな期待を寄せていましたが、大いに裏切られました(笑)

ムサシ(真田広之)「アカネ、将軍の下を去った今の俺が、他にどこで楽しめるというのだ?」(原文ママ)

茜役はアカデミー女優の(正確には助演女優賞にノミネートされた)菊地凛子さんです。顔面を白粉で真っ白にしてのゲイシャ役で、このワールドでのメイヴに相当する娼館のマダム。

この前後で日本らしい大道具や家屋が出てきます。

――いやはや、これは酷い。道端で修行?している坊さんや、軒先に積まれた酒樽。ちらりと見える虚無僧。総じて失笑モノ。ウエストワールドも実はけっこうインチキ丸出しなのかもしれないですね。

メイヴ「ケェスマスを、ハナシマしょうか?」(日本語喋ってます)

――英語字幕がテロップで下に出るのですが、それによると日本語訳として喋っているセリフの表現が不自然ですね。たしかこれ、フェリックスかリーを前にした時に、優位の覚醒メイヴが発した決めゼリフですよね。だからなのか、直訳の嫌いがあります。

妥当に意訳するなら「これからのことを話しましょう」かな?

発音がガフのシティスピークなみにヘンでしたが、努力は買います。なお、後になればなるほど、彼女の日本語は上達してました!

ただし、笑いをこらえるのがタイヘン。これは大爆笑エピソード間違いなし! 天下のHBOがやらかしてくれるとは、凄まじいプレゼントやないか! もう腹痛い! やめといて!!

[ 2018/06/25 11:12 ] 映画、ドラマ感想 | TB(-) | CM(0)

エイリアン:コヴェナント

読後感の悪い小説のような。観終わった後の不快感ではシリーズ最高を独走していると思います。

 エイリアンは、ゴチックSFホラーの始祖
 エイリアン2が、B級海兵隊アクション
 エイリアン3が、インデペンダント・アーティー
 エイリアン4が、オカルト・スーパーヒロインもの
 プロメテウスが、蛇足裏設定ディストピア

そして、コヴェナントは、続蛇足ノワール・スプラッター!

プロメテウスと並んで哲学的な自問から始まるのですが、オチに向かうにつれてメッキが剥げていき、娯楽超駄作サバイバルアクションになってしまいます。映像美には優れているのですが。

喩えるなら、出来損ないのヒッチコック、ベイツモーテルのよう。ダニエル・エスピノーサ監督の『ライフ』というSFモノと、オチといい、いい勝負です。

いくつか不満を上げると:

・始めて降り立つ惑星に剥き身で挑む地球人たち。

マスクとゴーグルはしないでいいのでしょうか。未知の細菌を気にする備えが無いようなのですが…… ほら、いわんこっちゃない!

・プロメテウスのデイヴィッドは、エリザベス・ショウ博士を解剖してしまうほど狂ってしまうアンドロイドではなかったのではないか。

デイヴィッドは傲慢さこそ持ち合わせていましたが、それは彼を人間扱いしない不遜な人間たちに向けられていたはず。神の真似をして究極の生命体(エイリアン)に改造したというのは後付け的な挿話に思えます。植物以外を滅ぼしてしまう生物兵器では使い勝手が悪いので、寄生するタイプにアレンジした、というのが正しいでしょう。人類への復讐を、離れ小島で密かに画策していた、ということでしょうかね。

デイヴィッドの人格がプロメテウスとコヴェナントでは異なっているように見えます。デイヴィッドはエリザベス博士の子供時代をプロメテウスで盗み見て、同情のような哀れと慈しみを感じていたようでした。

エリザベス博士の成れの果ては胸腔が大きく開かれていたことから、エイリアンの宿主になってしまったのだと思われます。ということは、デイヴィッドの暴挙に対する彼女なりの抗議だったのではないでしょうか。そういった事件でもないと、デイヴィッドが愛する者を手にかけることは無いように思えます。そこからデイヴィッドの孤独による狂気が暴走していったのでしょうね。

・エイリアンへと続かない。

エイリアンがデイヴィッドによって開発されたとするならば、今度はそのエイリアンが一番最初のリプリーの元へ行く筋道が無いといけません。コヴェナントだけではまだまだミッシングリンクが補完されてはいませんね。

・生物兵器の機能にムラがある

エンジニア(巨人族)に用いると肉体を分解し、滲み出た液体では微生物が巨大化・強化され、人間の体内に入ると異生物を産出させて凶暴化させる?

プロメテウスの終盤では巨人族の体内からも異生物が生み出されていましたよね?

コヴェナントで登場した巨人族の星で、デイヴィッドによって彼らの生物兵器が使用された後、そうした異生物化した某か(巨人族ではない他の動物を由来とするもの)が残存してコロニーを形成することはなかったのでしょうか?

プロメテウスがわずか10年前の出来事であると劇中で触れられています。この10年の間にデイヴィッドが改変した最初の作品(エッグサック)が残存生物のコロニーを死滅させたのでしょうか?

回答のない不満はこの辺にして。さて、いちばんヤバかったのは写真ですね。クライオチューブの中で事故死してしまったキャプテンに、クルー含め総勢15名が写ったアレは、後の展開をネタバレし過ぎてました。中央に写ったキリストのようなジェイコブに付き従う使徒だち。一番右側にいるのが件のウォルターです。裏切り者ユダの位置ですね。コヴェナントという船名も“契約”ですし。

エイリアンを山岳ワイヤーアクション(旦那が写っていたビデオが前振り)で翻弄した場面はある意味、痛快でした。いつも襲われ続けるだけのヒロインが、ビッグチャップをクレーンで握りつぶすのはシリーズ初です。

ラストシーン。体内から吐き戻されるエイリアンの胚。この不快感。あの宝石のようなクリスタルの中にギーガーデザインのバネ尻尾のフェイスハッガー幼生諸々が収まっているとは。キツい皮肉。
[ 2018/06/19 06:07 ] 映画、ドラマ感想 | TB(-) | CM(0)

毒電波の中で生きる現代人

『セル』という映画を観ました。スティーブン・キング原作・脚本の映画化で、亜流ゾンビもの。

主人公のクレイはグラフィックノベルの作家で、ようやっと作品の権利が売れたところ。そのことを別居中の妻に音声電話して、愛息子がiPhoneの画面に結像したとたんにバッテリーが切れてしまいます。場所は空港のロビーでしたが、充電用の差し込み口はどこも一杯で、クレイはやむなく小銭で公衆電話からかけることにします。息子に会いたいから、これから行っていいか、と妻シャロンに話すと小銭が不足。ところがその時、唐突に怪異が起きます。

この映画、メタファーがとても分かりやすい。

結末まで見るとナルホドと分かってきます。全てはクレイの作品が売れたところから始まっていること。そして、ラストはなぜか二通りあります。

電波塔を破壊して息子とカナダ国境へ渡るエンディングはクレイの本心です。彼は日銭の為につまらない作品を描いてしまいましたが、魂までは売っていませんでした。だから、作品が及ぼす悪影響とは縁を切ったおかげで、彼はようやく自由を手に入れて、健やかに息子と歩き始めることができたのです。職業ライターが陥りがちな罠ということですね。

一方で、外面のクレイは悪魔に手を貸した為、地獄に堕ちてしまいました。クレイのグラフィックノベルの悪役が皆の夢に登場し、クレイ一行を執拗に狙うのは、彼の作品の翻案権を悪魔が買ったからです。クレイは堕落に任せた作品を世に放ち、それは作者の与り知らないところで影響を与えていた、というわけです。ライターは自分の作品に全責任を負わなければならないのです。

最後の、使うべき時にと譲り受けたケータイは浦島太郎の玉手箱です。藤子・F・不二雄の『流血鬼』と同じで、長いものに巻かれていけないことはない、数が優位な側になってしまえば、そこには独自の視点がある、という観念です。1978年の映画『SF/ボディ・スナッチャー』とも似ています。どちらが異質なのか、という問いです。

スマホを手にした若い人々が、衆目を気にかけず、自分以外まるで存在しないかのように一人の世界に没入し、指で小さな画面をタップする様子は、スマホを普段使いしなかった世代からは異質に見えます。

スマホの人達は、SNSを始めとする、電波による繋がりで結ばれていて、それは共同体のようです。ユングの言う集団無意識がネットによって具現化されたとき、人々の心理が、同じでないことの方がおかしい、はみ出すことが怖いという原理原則に基づいてしまうのは理に適っているのかもしれません。

SNSでの虐めがまさしくこの例でしょう。閉鎖的な電子空間はともすると鬱屈した空気に呑まれたまま、一方的な暴力がまかり通る世界になります。

それを体現したものが携帯人というゾンビに他なりません。いやまったく、面白い立脚点を思いついたものですね。

紅いフードの男が作中での二重の悪役ですが、これは誰もがなり得る権化です。クレイの漫画を読んだ人かもしれないし、ネットやSNSにどっぷり漬かった中毒者かもしれません。誰でも成れますし、成ったことを本人は気が付かないのでしょう。

辞めるのはある意味では簡単。ケータイを捨ててスローライフに戻ればいいんです。でも、現代人にはほとんど無意味でしょう。ネットの無い生活はもはや想像できません。
[ 2018/06/17 00:50 ] 映画、ドラマ感想 | TB(-) | CM(0)

ウエストワールド 2ndシーズン第4話感想

※以下ネタバレ

またまたやってくれました! 新境地。
登場人物ウィリアムを通じて、人間とは何であるのか、また人造人間がどうして人間になれないのかを、洞察させてくれます。

シンギュラリティ(技術的特異点)によって人間の可能性が拡がり、寿命を人為的に延ばすことができるようになったとしても、そこには人ゆえの制約があるというのです。

おそらくはキリスト教的 魂 の問題が根底にあるのでしょう。

ウィリアムは余命の知れた義父ジムを実験台に、人間の記憶と性格をホストに移植する試みをしていました。

デロス社(義父とウィリアムの会社)は、ウエストワールドに投資すると供に、ホストの技術を応用してクローン人間の実現を模索する事業を開始していたのです。

偽物のジムは、ウエストワールドで客(ゲスト)をもてなす人造人間(ホスト)と同じやり方で仕立て上げられました。ホストのジムは自分をかつて人間だったジムだと思っており、カリフォルニアにある高級コンドミニアムの一室で暮らしていると信じています。

――これはまさに、P.K.ディック的な“まがいもの”の話ですね。

ガラス張りの部屋の外では研究員が経過観察を行っていて、これまで7日間は人間らしく生活させることに成功していました。なぜ7日なのかは旧約聖書のそれと同じ理由によるものでしょう。

ところが、7日目にウィリアムが訪れて、ジムになにもかもが仕組まれたものだと悟らせます。ただの紙切れによって。そこにはジムが既に喋ったことが台本のように記されていました。するとホスト:ジムの認知機能は異常を来し、まるで溝に傷が付いたレコードの針飛びのように、言動がおかしくなってしまいます。

ウィリアムは、こうした同じことを、その度にマイナーアップデートして作り直されてきたジムを相手にやり続け、30年経っても変わることのできなかったホスト:ジムを前にして、結論を述べます。

 「その状態を技術者はCognitive plateauと呼んでいる。精神が不安定になり、数時間から数日で瓦解してしまう。毎回同じだ。
  最初は、臓器移植みたいに、心が新しい肉体を拒絶しているのだと考えた。しかし、もっと相応しく言うなら、実在性(Reality)を受け容れなかったからなのだ。心が現実を拒否したのだ。
  この事業は最初から誤りだったのかもしれない。人は不死にはなれないのだから。
  あなたがいい例だ、ジム。思い出にある人物像の方がマシな場合もある。倫理観の欠けたクソ野郎なら特に。世の中は、そんな人間は居なくても回り続ける。俺が世間に必要とされないように。アンタは死んでいた方がいい人間だ」

愕然として怒りに震えるジムが息子の名前を呼ぶと、ウィリアムは非情にも事実を告げます。

 「ローガンは現実に向き合うことが出来ずに薬物中毒のあげく死んだ。ジュリエットは自殺した。貴方を助ける者はもう残っていない」

現代人にとって、かようにも現実は生きにくいのだ、と。皮肉にも人造物も同じらしい、と。

作り物に容れた記憶や性格は、それが作り物だと分かると(自分の本物はもう死んでいるのだと自覚すると)現実を否定してしまう、ともここでは言ってるんですね。生き物の本能が、いつわりの姿では生きてはいけないことを自覚しているようだと。魂が抜けてしまうと人では無い、と。

だから、バナードに会ったときにホスト:ジムはこう言うわけです。

 「二人居るという父親は一人しか見えなかった。地の底から見上げると、悪魔の笑い声しか聞こえない。天の主はどこにいる?」

“悪魔を欺くには捧げ物が要る”

――それが魂なわけですよ。人造人間は偽物だから魂が入っていないわけです。もしくは、偽りの姿を造らんがために、あったかもしれない魂を引き替えてしまったのですね。このDevil's dueに荷担したウィリアムも同罪だとも、(前述の彼自身のセリフで)自白しているわけです。

アメリカ人がこういうドラマを造ると、またか、と思いつつも見入ってしまいますね。日本人がアニメの中でカトリックやプロテスタントの形を表面的にいくら借り受けても、こうは造れない。捉え方が根本的に違うから、ですよね。さらに生身の俳優が演じることで作為の中で剥き出しにされる素(す)があることに気がつかされます。それは滑稽だし哀しいし、自分の行く末かもしれない。偽ジムの様子は呆けた老人の絶望そのものに見えました。

そして次回――

「今、新しい声を見つけた」

――キル・ビル、真田広之、菊地凛子、ゲイシャ、フジヤマ、「沈黙 -サイレンス-」……

もう、笑い声しか出ないゼ

俺の感想とは関係ないけど、ニューヨークタイムズ紙では文芸欄のコラムがあるんだねぇ→‘Westworld’ Season 2, Episode 4 Recap: The Cognitive Plateau from NYtimes.com
[ 2018/06/16 18:50 ] 映画、ドラマ感想 | TB(-) | CM(0)

ウエストワールド 2ndシーズン第3話感想

※以下ネタバレ有り※

新キャラが登場。オリエンタルワールド(インド)が舞台。弾に仕掛けがあって人間は傷を負わないことになっているらしい。以前の説明では「ホストはゲストに命中させることはできない」だった。

今回は時間軸のトリックはネタばらし済み。バナードとシャーロット・ヘイルが既に会っている場面と、それとは別にバナード単独で捜索隊と合流する場面がある。遡って現在までのいきさつが語られる。

観客がRideできる登場人物にはワイアット=ドロレスが割り当てられているようだ。なぜなら、父親であったピーター・アバナシーと再会するので。

ドロレスは(おかしくなっていた)ピーターの一言で牧場を去る決意をしたのだと再会した場面でピーターに告げる。しかし、ピーターは親会社の意向で“荷物”としてデータ採取の目的に適うように書き換えられている。なお、荷物の届け先は冒頭のインドの女性らしい。

バナードがアーノルドの似姿であることをドロレスは認識していた。テディにも自我が目覚め、その善人のRoleがドロレスの意向に反して同類の処刑を拒む。

3話はフツーに物語が進んでいる。2話のようなメタ的なネタバレは皆無だった。とうとう真田広之が登場するサムライワールドが出てくるようだ。OPでもフジヤマが出てくるからナ。
[ 2018/06/11 06:15 ] 映画、ドラマ感想 | TB(-) | CM(0)

ウエストワールド 2ndシーズン第2話感想

ウエストワールド 2ndシーズン第2話が素晴らしい。これまでにないメタな視点がようやく描写され、ウィリアムがデロス社のCEOに認められた頃のいきさつが初めて出てきます。※以下ネタバレ注意

ウィリアムは婿養子で、奥方ジュリアはデロス社の社長令嬢。社長には息子のローガンがいますが、これが放蕩者であるため、CEOの席はウィリアムに継がれたのでした。

ローガンは開園以前にホスト(人造人間)を初体験し、ウィリアムはVIP接待時にローガンに伴われてウエストワールドを訪れました。

ローガンがホストのことを「今の技術ではできない」と脅威でもって形容する場面が秀逸です。AI、AR、VRと現行の最新技術がセリフに登場した上で、ウエストワールドの“触(さわ)れる”リアリズムが体感的に演出されることで、なんともいえない近未来感が醸し出されています。

一方、ウィリアムはウエストワールドを技術的観点からではなく、罪が許される場所(神が見張っていない場所)として、投資をしぶる義父を説得しました。ゲストがウエストワールドでモラルから逸脱した行為をどれほど犯そうとも罰せられることは無いのです。これは丁度、我々がオープンエンドRPGの中で遊ぶ追体験と同じです(ただし、触れることは叶いませんが)。人々の欲望そのままが充足できる世界、それがウエストワールドなのでした。

ウィリアムはホスト:ドロレスに心惹かれていますが、ジュリアと娘はそれを知らない。30年後にジュリアが自殺することは1stシーズンで語られていました。ウィリアムは作り物の世界ウエストワールドで自分探しの旅をすることになり、それは2ndシーズンで、ようやく意味を持つものになっていきます。なお、ウィリアムが落とした、ジュリアが写っている都会の写真がピーター・アバナシーがおかしくなるきっかけでした。ピーター・アバナシーは最重要ホストとして経営陣が確保を画策している個体です。

現在のウィリアムのドロレスへの愛は1stシリーズで語られたように既にありません。ドロレスはループ(循環するテーマパークの設定時間)でしか生きられない存在でウィリアムのことを記憶出来なかったからです。

しかし、反乱の先鋒になったドロレスはワイアット・シナリオの冷酷さを持ち合わせ、アーノルドか、はたまたロバート・フォード博士によるものか、いずれにせよ自身の覚醒を果たしています。“レヴェリー”プログラムが想起させる記憶が過去と現在を繋げ、ドロレスは自我と目的意識を持ち合わせるようになりました。

メイヴとドロレスが出会うくだりは、ブレラン2049以降の問いを見事に反映しています。

「自我に目覚めたことによって生まれた、造物主への復讐心」は、その実フランケンシュタイン・コンプレックスの系統でしかありませんでした。人類に対する人造奴隷の蜂起です。が、ここに至ってメイヴという別のホストが復讐だけが存在理由ではないことを堂々と示唆します。

メイヴ「復讐も祈りも奴らの手の内にある行動よ。私はその手には乗らない」
ドロレス「自由を守るには闘わないと」
メイヴ「貴方を助けて復讐しろと? 貴方がみんなに命令を下すことで自由を感じられるのかしら?」

メイヴもまた、当初はプログラムによる動機付けに過ぎなかったものの、心にわだかまっていた娘への愛情が肥大して、それが存在理由となることで覚醒しました。ドロレスが復讐の虜なら、メイヴのは娘を捜す旅。さらに、3番目のホスト:バナードは、造物主の片割れアーノルドの似姿を(造物主であるもう一人ロバート・フォード博士から)与えられ、人間に紛れ込んでいる存在です。第一話にあったホストの大量の水死体はバナードに責任があるようでした(この謎解きはまだ語られていません)。

[ 2018/06/02 20:38 ] 映画、ドラマ感想 | TB(-) | CM(0)

ブレードランナー2049

Kはどういうオトコか?

KがJoiに感じる愛は言葉で表す必要のないもので、かなり入れ込んでいる……マジもんの純愛のようです。娼婦の肉体でもかまわないところまで、純愛がエスカレートしています。

Joiの方も、自身がプログラムである以上のものをKに与えようとしているみたいに見えます。

デッカードを殺すように言われ、全体が真っ黒い目の広告媒体JoiがKに話しかけてきた場面。俺は、KのJoiも、作られたウソの恋人に過ぎないことが知らしめられたのだ、と一瞬思いました。でも、Kはそこに彼のJoiを見たのでしょう。黒目であるということは、あの世から話しかけていることの象徴かな、と思いました。

目が虚無であることは劇中において2つの意味があります。ひとつは解任対象のレプリカントがIDを隠すために右目を取り除く場合(あるいは、片目だけで生きている半死の状態)。もうひとつはウォレスのように神を演じられる者の立場を象徴する場合。目が2つとも黒いJoiは、死者の状態で、その見かけはウォレスと対峙できそうなほど巨大です。黒い目で世界を見通す存在です。

そのJoiが、Kにだけ意味のある言葉のMy Good Joeと語りかけるのですから、Kはそこに特別な意味を汲み取らないはずがなく、彼はデッカードを殺すどころか助けることを決意するのです。

デッカードはレプリカントか?

デッカードのレイチェルに対する愛情は、それはそれはワイルドなものでした。俺は、濡れ場でデッカードがレイチェルを一見ぞんざいに扱う様子が当時まるで理解できませんでした。デッカードは己を試していたのかもしれません。彼女が本当に好きなのかどうかを。激しく愛してしまうのは、偽ることの出来ない愛だったという証しなのです。

レプリカントとして生まれたばかりのレイチェルはといえば、ねんねでデッカードの愛に真っ正直に応えられないほど、経験もありませんでした。しかし、Kがアーカイブでラヴに対して説明したように一目惚れだったのでしょう。彼らは、ウォレスが説明するように、あらかじめカップリングされるべく作られた存在のネクサス7型だったのかもしれません。

メタ的には、後付けのようでいてすんなりハマるこの解釈が2049の真骨頂です。

デッカードのレイチェルへの愛は、作られたものでは無いはずです。後にリドリー・スコット監督がバラしたように実際はレプリカントだとしても、デッカードは己を作られたものと認めておらず、レイチェルを愛することには運命以上の理由があったのです。タイレルの繁殖実験を超越していたはずなのです。だからこそ、愛の結晶たる娘を授かることができたわけです。

観客が信じるが如く、デッカードには己への疑いが微塵もありませんから、彼は人間たりえるのです。ロイを看取ることができた理由、ロイが最後に助けた理由、怪力を発揮できない性能である理由、全て、デッカードの信念がそうさせているのです。ロイは闘っているうちにデッカードの愚かしいほど“本物の”人間性に触発されたのです。

Kが名前を明かした時のデッカードの反応を思い出しましょう。
「それは認識番号だ、名前じゃない」

頑固で骨太な様子は30年後のハリソン・フォードの演技にも支えられていました。
[ 2018/03/03 04:37 ] 映画、ドラマ感想 | TB(-) | CM(0)
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