ス ク ラ ッ チ す る D

blenderでモデリング、海外ドラマ感想、洋ゲーRPG、のことを綴ります

ウエストワールド第3シーズン第4話

だんだん筋書きが入り組んでくるため、感想と形容するよりも「自分で解釈できた部分の覚え書き」めいたものになってきました。

※以下ネタバレ

まさか、ウィリアム(エド・ハリス演)に再びスポットが当たるとは思いませんでしたね。現実とも分からぬ精神の牢獄に、娘と供に囚われたままだと思いましたから。

デロス社株式の非公開化に際して、議決権のあるウィリアム(デロスの義理の息子)を再登場させるのは理に適った筋書きだと感心します。未来の対企業買収工作チームというわけで。

バナードとスタッブスのチームは、レハブアム開発者の息子リアム・デンプシー(Jrだから、父も同じ名前)に近づき、ドロレスの替え玉がどれほど存在するのか知ろうとします。アンゲロン・セラックが2話でメイヴに対して使ったような停止スイッチを、バナードも拵えました。エピソードで登場する新しい技術を二重に使うことで、理屈(どの水準の技術者なら考案できるのか)と機能(強制的に停止させる)の理解を視聴者に促す役目も兼ねているのでしょう。

ヴィクターヴィル(カリフォルニア州)はロケットの着陸場であるらしく、スペースX社が成功させたような再生可能ロケットが帰還する基地があるようです。未来では、ハリウッドの有名人宅を、空から観覧できるみたいですね(スタッブスのTシャツ)。

ドロレスとケイレブのチームも、レハブアム繋がりのパーティに出席するための衣装を用意しています。

生体認証キーは血液中に隠されているようで、なんと輸血! ドロレスは病気の感染は気にしなくていいですが、ケイレブはそうはいかないのに……

リアムの護衛(名前が判明しました→コネルズ)の替え玉(1話の事件で入れ替わった)は、リアムの個人認証キーを手に入れました。

「ドロレス」チームは資産マネージャーを装い、リアムの口座の全額を送金(横領)することに成功。

ドロレスが連れてきたパール(人格の入った球)は4個でした。1個はバナード、もう1個はシャーロット・ヘイル。残りは誰でしょう? 前話、アーノルドの実宅(ブレランでロケされたこともあるEnnis House)の製造機でシャーロットが誕生していることから、第2シーズン最終話のヘイルはドロレスを再生させた後、一旦機能停止したという事になるのかな?

アンゲロン・セラックはメイヴを籠絡するため、シンガポールの豪勢なバーに連れていきました。パリはもはや存在しないようです。バイオテロか、第三次大戦か? ドロレスが“Beyond Valley”(に開いた門の向こうの新世界)シミュレーションへの鍵を持っていると教え、メイヴを刺客に仕立て上げようと試みます。

セラックとメイヴはアーノルド(バナードのオリジナル)の実宅へ。レハブアムが発見していたのはドロレスの痕跡でした。ドロレス含め、5人分の素体が造られたとセラックは言います。そこに替え玉コネルズは含まれるのかどうか? 含まれるなら、あと一人、明らかになっていないホストがいるはず。メイヴは含まれていなかったことが明確にされました。

効果的な尋問。拒否すると肉親がどうなるかを想像させる手法は強力ですが、その未来バージョンはさらに過激。レハブアムが支配する世界が牙を剥きます。

単細胞を盲従させるために天国と地獄という作り話があるが、死んだ男は単に存在しなくなるだけ、とセラックは語ります。ドロレスに力を貸すことは人類への裏切り行為。メイヴにとってなら、天国があり、そこで娘が暮らしている。かごの鳥として暮らすのも、もちろん自由だ、と。

セラックは、ドロレスはさらに5人のホストを手にして先手を打ってきた、と言います。5人? ドロレスと4人に加えて? 替え玉用ってことかな? つまり全部で10人? それがプリント結果のディスプレイ表示ということ? なんだかブレランの、地球に紛れ込んだスキン・ジョブの数みたいになってきました。数が合わないことにならなければいいですが。

この後でてくる未来シンガポールの街並みと筋運びがブレランを彷彿とさせます。メイヴはネットワーク絡みなら辺り構わずハッキングできるようで。

一方リアムの訪れたパーティでは、友人がデジタル麻薬を手渡します。インプラントに働きかけるとのこと。

リアムが口座の全額がなくなっていることに気が付いたところで、「バナード」チームが接近。「ドロレス」チームはケイレブがリアムを追い、スタッブスの相手はドロレス=「ララ・エスピン」。ドロレスはスタッブスの素性を知っていました(スタッブスが逃亡するシャーロットを見逃したわけなので)。スタッブスは置き換えられたのか、元からなのか。彼もドロレスなのか?

ララを見咎めた友人に対し、ドロレスはこめかみを示します――第1話で側坐核の効能を説いたときの仕草。

シンガポールのメイヴはララ・エスピンの血液がドロレスに渡ったことを知り、ヤクザが取り仕切る葬儀屋にさらなる情報を追います。

ウィリアムが株主会に出席する前に鏡の前で身だしなみを整えていると、鏡の中に実娘エミリーが現れます。どうやら、脳内にイメージが刻まれている=妄想の域に達したようですね。娘をホストと思って撃ったことはコード(やアルゴリズム)の仕業ではなく自由意志だったと言い切ったウィリアムは、罪の意識である亡霊に背を向けるのも同様に決断の産物だと言いますが……

「辛抱を教えてくれたのは父さんよ。私はずっと待ってるわ」と、エミリーは謎の言葉を残します。自滅願望のある父親が、死者の世界に来ることをずっと待っているということかな?

シンガポールの葬儀屋ヤクザ「サトウ」が捌いていたのはホストと同じ人造人間らしいことが、樽から出てきた白い液体で分かります。ドロレスはこれを使って替え玉コピーをいくらでも製造できるわけですね。

なんとサトウは……ショーグン・ワールドのムサシ(真田広之)の顔をしています! ドロレスが連れてきたそうです。しかし、メイヴは会話から本性はムサシではなく、誰か他者が振りをしているのだと気が付きます。

全てはドロレスの分身でした。バイカメラル・マインド(二分心)というのが第1シーズンで出てましたが、マルチプル・マインドとでも形容すればいいのか……

シャーロット・ヘイルはウィリアムに正体を明かし、激高したウィリアムは正気を失ったとして療養所に幽閉される結果となります。

療養所で一人うなだれるウィリアムの前に、ウエストワールドでの牧場の娘ドロレスが現れ、エミリーの願い通りに正義が通ったと宣言します。

この場面はおそらく、本来第2シーズンでウィリアムのラストとして書かれていたものを再利用しているのではないでしょうか。

「ゲーム」の終わりは、メイズがそう仕向けたように「己を知ること」。ウィリアムは「俺は、俺なのか?」を知って退場します。
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[ 2020/04/06 20:59 ] 映画、ドラマ感想 | TB(-) | CM(0)

ウエストワールド第3シーズン第3話

未来社会の空気感――実用化された空飛ぶ車(スピナーに非ず)、シェアリングされる公共交通網、(レハブアムにより)緑化された高層建造物、はたまた、ビジュアルではありませんが、象が死滅したという設定、などなど――は、控えめながらも、現代と地続きなそれらしさを醸し出しています。予算次第とはいえ、全てのあり得べき未来像を映像化するのはなかなか難しいはずで、一片を切り取った風景にCGIを駆使してみたり、未来的な建築物をロケーションしてみせたりした手腕は褒めるべきでしょう。

今回の焦点の一つは、なりすましたシャーロット・ヘイルです。中身はドロレス(デス・ブリンガー)のバリエーションであるらしいことが判明しており、前シーズンでバナード・ロウによって造られました。

シャーロットが(前シーズン最終話で殺された)ドロレスを(最後の場面で)再構築しており、今はドロレスがシャーロットに新たな指令を与えています。数の居る綾波レイが同時に存在したかのようなノリになっているわけですね。ウエストワールドでは、ホストの個性と人造の肉体は一対一で紐付いていましたが、このシャーロットに関しては特例です。

※以下ネタバレ

ホストが、外の世界で人間の振りをするのは、かなり難しいことが分かります。たとえ、BOOK(当人のプロファイル)の助けを借りていたとしても。まず、「礎」の問題があります。礎とは、人造人間であるホストが、最も大切に考える生き甲斐のことです。本物のシャーロットにとっては「ネイサン」が大切な者であり、それは彼女の息子(6歳くらい?)の名前でした。

なりすましシャーロットには、そうした人間関係や愛情がごっそり抜け落ちているようで、「送迎をまた忘れた」と、離婚中の夫に批難されてしまいます。しかも、息子からは、「ボクのママじゃない」と言われ、夫からも「嘘が得意だろ」と言われ、所詮はAIでしかない機械が鋭い本能と直感を持った人間達を騙すことは到底不可能なのだ、と視聴者には伝わってきます。もっとも、人間達には、ただの性格的な変化と受け止められていて、バレずに済んでいますが。

さらに、デロス社を水面下で操ろうと画策する「レハブアム」のアンゲロン・セラックによる敵対的買収が規定数に達し、不祥事を起こしたデロス社株を非公開にする道が閉ざされていました。デロス社CEOのシャーロットがその情報を得たときは既に遅く、度重なるストレスで、人造人間シャーロットは爪で肘の裏側(丁度、隠しソケットがあるあたり)を自傷してしまいます。内務部も社内に漏洩があることを突き止めてきます。

シャーロットは、本物が皮膚から入って体を取り戻そうとしているようだと司令塔のドロレスに訴えます。

もう一つの焦点は、管理社会の行く末に待つ衝撃の事実です。

オリジナルのドロレスは(第1話の)犯行現場で負傷し、未来社会の“はみ出し者”ケイレブに助けられて、偽警官の襲撃を躱します。ドロレスは善良なケイレブの人柄を認め、命を奪うことはせずに、名前を変えるよう忠告して、放免します。

翌日、ドロレスはケイレブの恩義に報いて、「昨夜の女の居場所」を吐かなかった彼を窮地から救い出します。

ドロレスはケイレブのほとんど全て――統合失調症の母が“カル”を置き去りにした2月23日の最悪の記憶まで――を知っていました。「レハブアム」が記録していたからです。個人情報法設立以前から人々の情報を与えられて、その“マシーン”は世界中の人々の鏡像を作り出し、利用していたのです。リアルワールドの人々を鏡像の通りに動かそうと。ケイレブもそんな押しつけ(composite)の犠牲者なのだとドロレスは教えます。

ドロレスの出自は、モラルを無視した享楽を与える為のウエストワールドです。ドロレスは人間にインプットされた役割を繰り返し演じていました――どこか似た者同士ですね。

AIによる管理は人々を導くのではなく、人々から自由意志を奪い、まがいもの(composite)の通りに振る舞うことを強要している……これが今回劇中で謳われたメッセージです。

「あなたは10~12年後に自殺するわ、場所はここ」

アルゴリズムによってこんな推測を立てられたら、確かにそれはお節介です。アマゾンでお勧め商品を提示されるのとはわけが違います。

ケイレブのスコア化された生き様が提示されます――社会評定:2.7、勤務評定:3.6。結婚非推奨、子作り不可。職業適性:人的および身体的労働に限定。軍人、肉体労働者、など。

「以前なら、まだ挽回もできた。でも、今は犯罪者くらいしか将来がない」

合理性のない不良投資は行われないため、クズ人間には重要な社会的役割が用意されないばかりか、結局自殺するということで投資対象になりません。投資されないことが結果を確実にします。つまり、ケイレブは自殺するしかない。

それこそまさに、ケイレブ自身が感じていた行き詰まり感でした。彼は柵に腰掛けて夜の海を眺めては、険しい顔で絶望を目の当たりにしていたのですから。

管理社会のリアルな究極を見せてきたところが、これまでのマザーコンピュータ・バージョンとは異なります。オーウェルの1984といった古臭い装いからは脱却しつつあるようです。

人間をグローバル資本経済の投資対象と規定するところが、今日ありそうな管理社会の恐ろしさです。そういえば、ジョージ・ルーカスの「THX1138」にも似た思想が登場しました。ロバート・デュヴァル演じる主人公が充分に逃げ切ると、追跡は無駄だから放棄されるという場面があります。

さて。ところが、管理社会に対し、ドロレスは革命を起こすと言います。ここが俺には関心できない。

ハリウッド映画もそうですが、表面上ユートピアの理想社会をいくつも描いてきては、そこにある実情が人権無視であると暴き、相容れないからと、根幹のシステムをテロリストのように徹底的に破壊してしまいます。日本も'80年前後にはこの手が流行って、機械の体をくれるという惑星メーテルの物語も同じシノプシスでした。

管理社会モノで唯一興味深い作品と言えば、ウォシャウスキー兄弟の映画「The Matrix」が上げられます。単なる反抗運動ではなく、周期的な破壊と再生が必然的に発生し、尚且つ救世主が都度選択して生き残らせるシステムと定義したところが面白い。ご存じのように、仮想世界であるマトリックスでは、人間の脳活動がコンピューターの処理能力を超過することが可能という設定です。人間がアイデンティティーを取り戻すには、意識を覚醒させればよかったのです。ここが従来の革命モノと違うひねりでした。

今回の管理社会の暴君はレハブアムですが、独裁政治の君主をひっ捕まえて、民衆がリンチするのとはわけが違うはずでしょう。どのようなひねりを見せて頂けるのか、今後に期待いたしましょう。
[ 2020/03/31 17:29 ] 映画、ドラマ感想 | TB(-) | CM(0)

スタートレック:ピカード第10話「理想郷(後編)」

最も厳しい評価を下さねばなりません。とにかく志が低く、このスタッフではどう転んでも優良な作品は作れないことでしょう。かつてのシリーズにあった、理想や人間性に思い巡らす物語は、ご都合主義で安っぽい三流の感動超大作にすり替わってしまい、もはや見る影がありません。

※以下ネタバレ

終末神話のガンマ・ダンをナレクが語ります。要するにヨハネの黙示録の四騎士と同じ。双子の悪魔の辺りだけは東洋っぽいですが。アホらしいですね。10話も使っておきながら、たったの一分で済む、20世紀末に流行った世界の終わりを、なんでか24世紀末のスタートレックでやるという。

ラフィー「ね、だけどホントに、そんな話が予言だって信じてるわけ?」

ナレク「いや、歴史だと信じてる――そして歴史の興味深い点は、常に繰り返す、ということだ」

このセリフを書いてる人達の頭の程度が知れますね。中二病のラノベの方がマシじゃないでしょうか。これの書き手、こんなのでよく仕事があるなァと思えるほどです。

題材が迷信に則った非スタートレックで、登場人物達のお喋りでこれまで引っ張った謎が明かされ、ここまでの経緯と同様、まるで工夫がみられません。

しかもロミュランなら誰でも知ってるくだらないネタである、と。おんなじ事を繰り返しやって、何度も登場人物に口頭で繰り返し解説させ、作り手達は莫迦なのかなと思います。説得力のある場面を拵えることすら出来ない有象無象しか、スタッフには居ないのでしょう。

オープニングにクレジットされるプロデューサーの数を見てご覧なさい。こんだけの人数が出演者や脚本家と同列にクレジットされるドラマなんて、そうそうないでしょう。いかに資金を出した者が優遇されてるか、という富裕層が牛耳った駄作の証しですよ。

進化した人工知能って実はQなのじゃないか、とかファンは考えるわけですが、そんな構成を上手くあしらえる人はこの中にはいませんよ。スタートレック:ディスカバリーの球体に接触したコントロルの亡霊なんでしょう、きっと。

最終話だというのに、筋の展開がお粗末です。登場人物を集めて早くも一致団結させる方向に持っていくだけ。あれほどクライマックスを煽っておきながら、拍子抜けもいいところでしょう。前回一本かけてハラハラドキドキを演出しておいたはずが、すぐに安定的な分業体制と分かる状態に戻ってしまっていて、意味がありません。どこまで行ってもドラマの盛り上げ方を知らない人達の平常運転です。

リオス船長からラ・シレーナ号を取り上げて、老人ピカードをキャプテン・シートにつかせるのですが、「待ってました!」と手を叩くのは子供っぽいファンだけでしょうね。大人になって久しいファンは、そんな小手先の子供騙しにはもう引っかかることが出来ません。

愚行は、恐怖が支配したゆえの行いで、命の価値を示すために分かりやすい方法として手本を見せるのだ、とピカードが言います。スローガンありきで、恐怖が云々とか、ちっとも伝わってきてませんからねぇ。で、やることと言えば、プロパガンダっぽい、出来の悪い、英雄的な行為を称える特攻だけ。ほとほと救いようがありません。そんなもの、日本なら42年前に「さらば宇宙戦艦ヤマト」で使われた古臭い手ですよ。

アルタン「結局、お前は我々と大して変わらない」

スタッフには、アルタン(ブレント・スパイナー)を悪役にできなかったヘタレがいますね。作り手はファンを見下してると思います。そのいい加減な姿勢を見れば。設定ひとつたりとも、敬意を払った上で流用していませんから。目先の便利な小道具としか見ていません。精神融合するスートラ(アンドロイド)がいい例です。ヌニエン・スン博士の息子設定なんて、意味が無いでしょう。

リオス船長らは、超存在への送信を中止させるために電波塔を破壊しようとしますが…… ソージの自発性に全てが委ねられます! ご覧あれ! という筋書き。

視聴者に向かって、そう上手く運びませんからね、と焦らしてるわけなのですが。ソージの葛藤の土台となるドラマがこれっぽっちも描かれてないのですから、焦点を当てるべき段階が踏まれてないわけですよ。見応えに繋がらないですね。

オウ准将(ロミュラン大艦隊を率いて)「惑星全体を残らず駆除する」

オウ准将がそもそも間抜けですよね。シンスの使節団を抹殺する指令を出した後で、その故郷を知りたい、とあと9年もかけてるんですから。

その場で殺害しないで故郷まで案内させればよかったのに。

しかも、シンスを破壊者と決めつけたのは、単にデータと同じ外見的特徴を持っていたから、という根拠だけですし。アロンゾ・バンダミア艦長の事件を映像で回想しないから、チンプンカンプンで頓珍漢にしか見えません。

ボーグと女ロミュランのキャッツファイト…… 泥んこプロレスでも見ていた方がなんぼかマシでしょう。

3年目の新人ソージが、スートラに代わってシンス達を率いる裁量権を得ます。アルカナはどこへ行ってしまったのでしょうか。指導的立場のアルタンはなぜ口を出さないのでしょう。24世紀でもサッカーボールを持っていたリオス船長は、さっきまでそこに居たのに。カメラは都合の悪い者を一切写さなくなります。

ピカード「君と君の仲間にあるものを差し出すつもりだ。それで考え直して貰いたい」

ソージ「それは何?」

ピカード「私の命だ」

止めて欲しいですね。旧来の登場人物が再来する時は、だいたい、その最期を描くためではありますが。この死に方には、百害あって一利なし。全体が非常に安っぽくて薄っぺらいドラマに終始しています。

第2シーズンを制作中とのことですが、第1シーズンの反応を見た上でだったなら、打ち切り必至だったでしょう。こんなに酷いドラマを見たのは本当に久しぶりです。

シンスから借り受けた魔法の道具一つで、大艦隊に立ち向かう戦法を作り出します。スタートレック:ピカードには、見たこともない便利道具がたくさん出てきますが、どれ一つとして説得力がありません。結局の所、魔法の道具でしかないから。その究極の道具は、とうとう、もっともらしい見かけすら放棄してしまいました。

USSジェインウェイ……臨時艦長のライカー……

オウ准将「それで?」

子供っぽい部分にしか喜ぶべき場所がないんですよ、本当に。大の大人が見る映像作品としては最底辺でしかなく。

ライカー「だから、嘘つきタルシアーのケツを、思い切り蹴飛ばせる口実を与えてくれるなら、こんなに嬉しいことはない」

「タルシアー」を脚本家に置き換えたい気持ちですね。本来は「ジャット・ヴァッシュ」が相応しい固有名詞なんですが。どういうわけか、律儀なことに、この場面には以心伝心の手法を使わないようで。無知なライカーだって、ジャット・ヴァッシュが一枚噛んでいる事実を、復帰してすぐに耳にしないはずがないでしょう。

どうしてフェイザーを頭に当てて引き金を引かなかったのか、とナリッサ・リゾーがキャットファイトの最中にアニカに尋ねます。それというのも、その前の場面でアニカがエルノアに向かって、終わらせるにはフェイザーで頭を、と発言したことを受けているからです。

このように、その場に居合わせなかったのに、脚本家は、以心伝心したかのように応じたセリフを言わせています。なぜなら、ナリッサはドローンで監視していたから、としたり顔で言い訳するわけです。その為に、あのドローンが浮遊するカットがあるんだ、と。

そういう予防線ばかりなんですよね、この脚本は。場面の妥当性を担保するために、後付けセリフをわざわざ言わせることは常習です。たったそれだけのために。有益で説得力のある場面を作ることはせずに。論理武装しかできない未成熟なオタクのようです。

とうとう、病に冒された老人ピカードを精神転写することになりました。これまで具体的な症状は出ていなかったはずなのに、周囲に告知したとたんに、さも唐突に症状が出てしまいます。ご都合主義が過ぎます。

アグネス・ジュラティ博士はシンスの母親として子供達を庇う役目を担わされるのかと思っていましたが、結局、ただの便利屋二号でした。視聴者をはぐらかすトリックで、死亡フラグをなかったことにしました。

ちなみに便利屋一号は“麻薬常習者”ラフィーです。スタートレックの世界において、わざわざ薬物中毒を出すことの意義があったとは思えません。数多ある見栄っ張りな設定の一つでしかありませんでした。

劇中、一度として命を救うことのなかったハイポスプレーが、ここでも老人ピカードの命を縮める役を負います。既存のものは、すべてアンチの役割を担います、この脚本では。

ピカード「ここにいる理由は、救い会うためだ」

今更感。ジーン・ロッデンベリーのフォーマットを採用していれば、わざわざセリフで体現させる必要のないことです。聞き心地のいいことのようでいて、その実、無意味です。何ら質的向上に繋がりません。人々の行動を通じてではなく、セリフでしか表せない。安っぽい感動をお届け~三文芝居。

ピカード「君に選択させた。破壊者になるかどうかは、君次第だった。常にそうなんだよ」

視聴者ターゲットは若い層なんでしょうか。いくらなんでも志が低すぎますよね。大御所になった老人が、教育めいたメッセージを作品に入れたがる傾向はあるものですが、これは私物化が過ぎ、あげく、シリーズが作り上げてきた世界観を台無しにするものです。パトリックこそ、この作品の破壊者に他なりませんでした。

作品のマーケティング戦略としては、旧来のフォーマットを否定していたり、ゴア表現があったり、TNGのように家族で見ることが出来なくなったとあちらのファンに嘆かせたりしている通りに、賢いとは思えません。どんな視聴者層を念頭において作品作りをしているのか、その出発点からして揺らいでいたわけです。懐古厨がもっとも見るであろうし、その期待を故意に裏切った上で、それほどまでに失敗したいのなら、もう何も言えません。

クリストバル・リオス「二度とやらないと決めたことをまた守れなかった」

パトリックの本音か、はたまた、駄作になることが分かっている企画を受けないと決めた脚本家の心中か。失笑しましたわ。

アニカ「死ぬに値すると言うだけで殺さないこと。なぜこんなヤツが生きてると、感じるような者でも」

またもや常習犯の脚本。バイセクシュアルのアニカがお相手のブジェイズルを第5話で殺した理由を後付けで後悔させてます。言い訳がましい理屈ばかり。作劇として、「それで済むのか」問題です。

登場人物が事後の座談会で「あの時はね……」と、軽々しい振る舞いだったことを吐露して、視聴者の何になるというのでしょうか。(アメリカ人らしい社会道徳を想起させる)断酒会のつもりなんですかね? 

俺が見る米のドラマで出てくる断酒会の場面は意図がよく通じる賢い作りのものばかりですが、これはダメダメです。だから、なんなんだ、と。なら、軽はずみな行動を慎むように自制を利かせたあげくの行為だろうし、その葛藤がまるで表されてなかったじゃないか、と。自信満々でフェイザー二丁拳銃しておきながら、後付けで免罪符のように語るなよ、と。それなら、警察いらんだろ。

データ「これは超復号量子シミュレーションというものです」

ピカード「データ、私は死んだのか?」

データ「はい、艦長」

死後の会話まで出てきてしまいました。そして、頑なにStardateを使わない演出。これは(大仏のミニチュアがちょうど真正面に映りますが、)クリスチャン的天国の、幸福な情景として単純に映像化されているのでしょうね。それ以上の深い意味を求めるのは不毛でしかありません、なんと言ったって地獄だの、黙示録だのを出すような脚本の質では。

はい、ご想像の通り、ピカードは新しい肉体で復活しました。酷い。下らない。全くありがたみのない復活劇は極めて珍しいものですね、スタートレック:ピカードそのもののように。

「私は行くべきか?」

「はい、艦長」

いえ、もう無かったことにして宜しいと思います。これはカノンには相応しくありません。

データ「死ぬべき運命が、人の命に意味を与えているのです」

なら、ピカードが復活してしまうことはどうなんですか? 仏教の輪廻やカルマを囓ったとでも言いたいのでしょうかね。キリスト教じゃなく。

ピカード「私は本物か?」

ソージ「そうに決まってる」

ソージが偽物の自分を克服したゆえのセリフとはいえ、何も語らなかった脚本――のうのうと登場人物が喋る以外は――の説得力の無さ! 汚点として残る最悪のハッピーエンド。

ピカードの似姿をそんな短期間で再現できるなんてさすが24世紀ですね(棒) 

復活したなら、せめて若返らせてやればいいのに。普通、爺のままでいたいとは思わないでしょう。

アルタン「何かを新しくすると嫌がると思ったんだよ。そうだろう? 94年も、同じ顔と体を使ってきたんだから?」

アグネス「私たちが作った細胞向上性アルゴリズムで、脳に異常がなければ、これぐらい生きただろうという寿命になってる」

ピカード「それは10年くらい大丈夫と言うことか? 20年?」

ヒドイを通り越して、唖然。ま、第二期でも老パトリックをこき使う予定なので仕方ありませんわな。

ピカード「彼がずっと目を向けていた人間とは、暴力的で堕落していて意図的に無視をする。だが彼は人間に思いやりや、限りない好奇心や精神の偉大さを見いだした」

24世紀、TNG劇中ではそのような人間は20世紀から蘇った3人(「突然の訪問者」)くらいでしたね。ほとんどの人は言葉遣いも丁寧で自身を文化的に向上させようと趣味に没頭する、人柄の善良な連中ばかりでした。貧困が撲滅された世界ですよ、ピカートが喩えるような粗野な人々は当時の地球にはもういません。

最期を迎えたのは誰ならぬデータでした。そして、データとはジーン・ロッデンベリーの暗喩だったようです。さようなら、ジーンとその理想郷! もう、第2シーズンでも会うことはないよ! スタートレック・フランチャイズは金持ちの悪魔の手に渡ってしまったからね!

とても滑稽でした! 以上、通信終わり。
[ 2020/03/28 11:31 ] 映画、ドラマ感想 | TB(-) | CM(0)

ウエストワールド第3シーズン第2話

今回は、これまでのおさらいと登場人物達のその後ですね。

※以下ネタバレ

メイヴは自分の居る世界が「ウォーワールド」だと気が付き、おまけにシミュレーションだと見抜きます。現実世界のリー・サイズ・モアはやはり死亡してしまっていて、シミュレーションで再構築されていました。

複製のリーは誰かが作った贋作で、Fidelity(再現度)に誤りがあるとメイヴは指摘します。リーは自分にしか関心がなく、他者に愛情を注いだりしない、と。

もし本当の再構築なら、Cognitive plateauによって複製のリーは自己崩壊してしまうところですが、デジタル世界の中でなら、そうはなりません。ロバート・フォード博士が自らの意識をデジタル化したとき(第1シーズン最終話~第2シーズンにかけて)、彼はCradleサーバーの中で存在を保っていました――実は、バナードが自ら作り出した幻覚のロバート(役割としては残留思念)でしたが。

かつてのホスト達はサーバーに本体があり、コピーを脳(球)に書き出した上で人造の有機系ボディと組み合わされてアトラクションに送り出されていました。既にCradleサーバーは破壊されており、ホスト達は楽園のシミュレーション内に生きたまま、ドロレスにより、衛星を経由してどこかへ転送された後です。

メイヴの脳は研究施設の中でシミュレーションと接続されていました。第2シーズン最終話の表現では、メイヴはシャーロット・ヘイルのドロレスによってパーク外に持ち出されたと思われましたが、どうやら――少なくとも、メイヴだけは――回収され、デロス社の臨時保管用フロアに遺棄されていたようですね。

スタッブスもやはり人造物でした。シャーロット・ヘイル(ドロレス)を検問した時に通したのは彼で、そこには何か裏があることを匂わせていました。

アンゲロン・セラックと名乗ってメイヴを再生したのは「レハブアム」の管理者です。ドロレスに対抗させることが目的のようでしたね。前回、男性に復讐して回ったドロレスはまるで「ドラゴンタトゥーの女」のようでした。

ウォーワールドのために、撮影は陸橋があるロケーションで行われたのでしょう。かなり豪勢です。また、シミュレーションの調整室では、中世の王族とリュートを奏でる吟遊詩人、それにドラゴンが登場しました。ドラゴンはHBOのゲーム・オブ・スローンズに登場した個体に見えましたので、お遊びでしょう。

デロス社のウエストワールドの所在地は南シナ海であるらしいことが、レハブアムのDivergence画面から判明しました。
[ 2020/03/24 11:55 ] 映画、ドラマ感想 | TB(-) | CM(0)

スタートレック:ピカード第9話「理想郷(前編)」

書き手が何をやりたいのか二転三転するドラマ。主張(これまでに張った筋)を間違っていないと(登場人物に喋らせることで)軌道修正してきます。

※以下ネタバレ

①ヌニエン・スン博士のダブルと思しき「アルタン・イニゴ・スン」(ブレント・スパイナー)が登場します。俺の予想もほぼ的中と言ってもいいんじゃないですか(笑)

アルタン「(職業は)マッド・サイエンティスト。データを作った父親の呪縛から逃れられないでいるよ」

これ以上に詳しい説明セリフはありませんが、“そういうこと”でデータとの関わりを説明しているつもりのようです。

アルタン「水を持ってきてくれ。我々年寄りは喉が渇く、機械のようにはいかない」

ブルース・マドックスと協業していたと語り、このセリフからするとアンドロイドではないようです。ちなみにTNGで登場したヌニエン・スン博士の奥方は、自分を人間と思っているアンドロイド(精神転送され、本人の死後に成り代わった)でした。スン博士に“人間の”息子がいるという設定は初耳です。

要は、スパイナー氏が黒幕で登場するというただの外連味です。やると思いましたね。

②アグネス・ジュラティ博士によるマドックス殺害を正当化する為のやり取りが見受けられました。この脚本家のお得意な筋の正当化です。

スートラ「ジュラティ博士、それ(警告)のせいで、貴女はブルース・マドックスの命を奪った。そうするべきだと考えた訳ね。今はどう?」

アグネス「改めて思い出すと、ブルースの命を奪った日は……なんていうか――」

ラフィー「暴走しちゃったんだよね」

スートラ「――そうかもしれない。あの哀れなロミュラン達だって何世紀も的外れな暴走をしてるのかもしれない。彼らはずっと、有機体の心では対処できないものに立ち向かってきたのだから」

凄まじいこじつけと後付け説明です。善人と見えた人物アグネスに、外連味溢れる悪行を行わせて、視聴者をあっと言わせましたが、それはアグネスの性格付けとは相反することですから、正当化の為の処理――セリフによる補足説明が挿入されたのです。

アルタン「(アグネスに)君は恥じるべきだ。広大な闇の中でささやかとは言え、明るく輝く蝋燭の火を消したんだ。大きな罪を背負った」

それくらいの批難は当然、と視聴者が考えると脚本家は思っているのでしょう。アグネスに対しては、この後、生命の誕生(スポット二世)を担わせることで、殺人の贖罪としています。この処置を拵えている脚本家の感覚に、それで済むのか?という気分が抜けませんが……

③「警告の輪」によるメッセージは有機生命体向けではなく、シンス(機械生命体)のためのものでした。シンギュラリティ後の人工生命体(超存在)が発展途上の同胞に宛てたものだったそうです。アンドロイドのスートラ(ジャナの双子)が独学で学んだヴァルカンの精神融合で解読されました。アンドロイドにはヴァルカン並みのスピリチュアリズムをも備わっていると主張したいようです――後述するように失笑モノなのですが。

④クリスとアグネスの仲ですが、視聴者が思う以上に進展しているようです。クリストバル・リオス船長は、精神融合をされそうなアグネスを庇って、待ったをかけてきます。

クリス「ちょい待ち。(精神融合をしようとするスートラに)止めるんだ」

アグネス「いいのクリス」

クリス「(アグネスに)それを乗り越えたばかりだ」

アグネス「大丈夫よ。それに彼女には知る権利がある」

また、別の場面では:

アグネス「ここを出る時、わたしの存在を忘れないで」

クリス「君にはいろんな面があるけどな、影が薄い、ってことはない」

アグネス「やっぱり? わたしを忘れるはずない?」

クリス「絶対に忘れない」

少ない見せ場を繕おうと躍起ですね。クリスとアグネスの関係がそれほど進展しているのならば、もっと積極的な描写があっても良かったでしょうに。無駄な場面ばかり描いているから唐突です。さらに、このセリフによってアグネスには死亡フラグが立ちました。クリスはアグネスの今後の行動を織り込み済みなのか、とても鈍感に映ります。

⑤アルタンはアグネスに、有機系の人造人間に精神転送を行う計画を明かします。今日(こんにち)、精神転送(トランス・ヒューマニズム)はシンギュラリティが起こる手段の一つと目されている技術です。

アグネス「精神転写を解明したの?」

アルタン「それはまだだ。体は作ったがね。そっちはブルースの担当だった。だが、私は最近、精神転写への関心を取り戻したんだ」

“AIの反乱”以外に焦点を当てたいテクノロジーが遅まきの第9話にして、脚本家の怠惰により、またひとつ増えてしまいました。

アルタン「言うなれば一種の焦りみたいなものを抱えているんだよ」

スタートレックの各スピンオフでは整合性があったのに、スタートレック:ピカードではごちゃ混ぜです――アンドロイドの陽電子頭脳(TNG)、ホロデッキによるシミュレーション(TNG)、EMH=ホロデッキを発展させた仮想人格のシミュレーション(VOY)。

さらに、今回出てきた“精神転写”は既に行われており、TNG「コンピュータになった男」や「アンドロイドの母親」に出てきます。

ピカードの脚本家は、こういったテクノロジーによる系統の垣根を取っ払い、21世紀的な“AI”という語でちゃんぽんにしてしまいました。あるいは、「人工知能禁止令」とは言いつつも、その実、陽電子頭脳しか禁止対象にしていませんでした。破壊者はどんな些細な人工知能からでも出現するとジャット・ヴァッシュは宣伝して恐れているのに、意味が分かりません。

その上で、精神融合ができるアンドロイドを考案したのであれば、その「カトラ」の扱いもきちんと考えておかねばならないでしょう。

この脚本家は、はっきり言えば間抜け同然です。表面だけ、まるでパズルのように既出の道具をさも便利に使い回しますが、整合性が全く取れていないからです。

ところで、これまで見えてこなかったテーマを、脚本家は“シンギュラリティを迎えるとき、人類は?”というものにしたいようです、見栄っ張りに。遅きに失するとはこのことですね。

ちなみにHBOの「ウエストワールド」では、精神転送を果たしても自己崩壊するという仕掛けが人類には備わっていると説明し、それをCognitive plateau(認知の谷)という造語で表現しています。心が実在性を拒否するからと、臓器移植の拒否反応を想起させて…… つまり、不死性は人類には与えられない(神の領域である)という結論なのです。ウエストワールドが哲学的に雄弁に語るのとは実に対照的ですよね、スタートレック:ピカードの三流っぽさは。

⑥アグネスの殺人問題が、答えのない倫理的合理性にすり替えられるようすを見てみましょう。一見、興味深い視点ですが、この場面を見ただけで、その洞察ができる下地を用意してはおらず、その上、展開は単にAI側がアジるための方便に殺人(殺アンドロイド)が許容されただけでした。

ソージ「アグネスがマドックスにしたことを聞いた時、理解できなかった。そういうことをする自分を想像することも出来ない」

ピカード「そういうこととは?」

ソージ「命を救う為に殺すこと。誰かを救う為に傷つけること。これって、もしかしたら、理解しようとしてるんじゃないかな、犠牲の論理を」

ピカード「犠牲を論理で語るわけか。それは私の好みじゃない」

ソージ「論理じゃ語れないわけ? じゃあ、生死も計算で語れない」

ピカード「私が思うに、それはナイフを持っている者がどういう人間かによるんじゃないかな?」

ソージやスートラは標準的なアンドロイドの見本として、計量的でコンピューターらしいロジック思考をする、ということを印象づけたいようです。彼女らがロミュランを躱して、自分たちの生存率を高める計算を導き出そうとしているやり取りもありました。

ナイフの使い方は使い手次第、ということをピカードは言いたいようですが。

脚本家は、アグネスがAI反乱の元凶のひとつであるマドックスを殺す行為を、ソージのロジック思考を経由して“トロッコ問題”にすり替えているように見えます。そこをそんなことのために使いますか?という部分ですが。

シンス側には、一切の倫理観が抜け落ちているということを視聴者に分からせたいがためでしょう。データを受け継ぐソージが特別な存在になれるのか、見守ってください、というわけです。果たして、そんなシンスのスートラにヴァルカンのカトラが宿ることがあるでしょうか? ヴァルカンには感情を捨て去ったという歴史がありますが……シンスには共感する力――レプリカントには欠けているとされているもの――が見当たりません。倫理観がないのはそういうことに繋がるわけですから。

ただし、熱心なトレッキーはこう反論できるかもしれません。映画「スタートレックVI 未知の世界」でのヴァレリス大尉の裏切り行為と、犠牲の論理は似ている、と。こう考えることができた人はピカードの脚本家を超えています。それは言えるでしょう。

なお、Wikiによると、トロッコ問題は、AIの自動運転で直面する問題でもあるようです。

自動運転車(公共交通の自動運転車両も含む)のAIは衝突が避けられない状況にも遭遇するであろうし、そうなれば何らかの判断もしなければなくなるわけだが、このトロッコ問題は、そうした自動運転車のAIを設計する際に、どのような判断基準を持つように我々は設計すべきなのか、ということの(かなり現実的、実際的な)議論も提起している、と公共政策の研究者は言う[1]。

「トロッコ問題」というのは思考実験で「5人を助けるために1人を犠牲にするのは正しいか?」という倫理の判断です。5人が犠牲になることを運命として傍観するべきか、それとも運命に介入して一人を犠牲にするべきか。介入の仕方についても、線路を切り替えるだけか、他人を突き落とす(巻き添えにする)のか、などなど。どの例なら介入が許されて、どの例なら許されないのか。そこに命の量1:5で計るべき合理性はあるのか否かを問うてきます。

スポックは「多数の要求は少数に勝る」と言って我が身を犠牲にしてエンタープライズを守りました。ケルヴィン・タイムラインでならカークですが。トロッコ問題と異なるのは、犠牲にするのは他の誰でもなく自分という点です。英雄的な自己犠牲――それは報われる、が演出されました。

それでも、スタートレックにおけるトロッコ問題は「コバヤシ丸」テストであるとは言えるでしょう。テストの教訓もしくは採点は、指揮官の覚悟の問題であると劇中ではされています。

ともかく、ピカードは未成熟のソージに「どうして人を殺してはいけないのか」を教育するべきではないでしょうか。彼ならば、国家的な大義による戦争や、宗教観・価値観の違いによる内紛を、24世紀までにどうやって解決してきたのかも示すことが出来たはずです。しかし、“この24世紀末”の老人ピカードには、そんなアイデアはまるで閃かなかったようですね。

⑦アンドロイドのスートラは策略家で、ナレク(ロミュランの追跡者)逃亡を助けて、同胞を団結させる理由(サーガの殺害)を作ります。

ソージ「アグネスは正しいことをしていると思っていた。でも今はその行いに震えている」

ピカード「正しいと思っていたのかな。あるいは、他に選択肢がなかっただけかもしれない」

ソージ「そこに論理なんてないのかも。結局どんなときも怖いから殺すのかもしれない。それは論理とは言えない。だけど、生き残るために殺すしかないとしたら?」

ピカード「ソージ、一体何の話をしている?」

二人とは別の場所に居るスートラ「(ナレクに)本当は殺したいところだけど、あなたには今すぐやって欲しいことがある。〔笑顔〕よかったわね。殺すのはちょっと待ってあげる。ここから出たいんじゃない?」

場面戻ってピカード「(ソージに)君は何を考えているんだ?」

ソージ「……」

〔悲鳴〕

ソージ「今の聞こえた?」

スートラが同胞の一人を犠牲にすることで、有機体への蜂起を扇動する計画であることを、ソージがピカードに話すべきか迷っているという場面でした。

またもや死の美学で、左目を刺されているだけで機能停止しているサーガ(アンドロイド)。アルタンが遺体を抱きしめて涙を流すのではなく、お気に入りの車を壊してくれたのは誰だ! と言うみたいに大げさに嘆きます。

ソージ「(ナレクを)殺すべきだった。殺したいと思ってたのに。なぜ、わたしは……」

ピカードに影響を受けた結果、あと少しで人間らしい“許し”の感情に目覚めそうなソージでした。脚本家が見せたいのは、あくまでソージの変化だけなんですよね。テーマが矮小化していて甚だ物足りない。

⑧老人ピカードの演説はもう必ず空振りするというのがパトリックのデザインなのでしょう。実現される見込みのない政治家の公約のようです。

ピカード「(シンス全員に向き直り)聞いてくれ! 禁止令や、それにイブン・マージドの悲劇の後では、惑星連邦を信じられないのも理解できる。私のことを信用できないのも無理はない。だが、船がある。君たち全員を充分収容できる! もちろん、安全も保障しよう。その後、私は人工生命の命と権利を守るために、必ずや君たちの声を連邦に届ける。そしてあの禁止令の撤回を要求するつもりだ。絶対に連邦は声を聞くはずだ!」

〔スートラが鼻で笑う音〕

アルタン「聞くはずがない。彼らを見たまえ。君のような人間を見たことがない。そのいかめしい顔、高潔な人柄が刻まれた皺。そして、雄弁で信念がある。だが、伝わっていない! (シンスに、ピカードの口ぶりを茶化して)聞いてくれ、子供達! 今の地球で彼の話を聞く者はいない。誰も彼を信じない!」

ピカードはロミュラン移住の時と同じような演説を行いますが、アルタンに一蹴されます。ジーン・ロッデンベリーの理想社会は現実に存在し得ないと、脚本家やスチュワート氏は狭い括りの21世紀風ドラマの中で見せているのです。

⑨体裁は整いましたが極めて遅い。これまでの経緯はなんだったのか、という展開。足踏みしか作れなかった脚本家の実力には閉口します。

シンスを滅ぼそうと迫るロミュラン艦隊という最大の危機を前に:

・惑星連邦に至急の応援を要請したいピカード――しかし、理解を得られず拘束
・協力を約束してアルタンに取り入ったアグネス
・その渦中に宙ぶらりんの存在でいるソージ

といった三者の動向が注目となるように仕向けてきます。

蛇足で:

・ピカードの脳疾患が末期(しかし、目立った症状は出ていない)
・エルノアはボーグ達を保護する役に就任(ピカードとお別れ)
・アニカ(セブン・オブ・ナイン)と生存者ボーグ達がキューブを修復中
・ラフィーがシンスのツールでラ・シレーナ号(ピカード達の船)を修復中
・クリストバル・リオス船長は(たぶん自船を修理中)も、何をしているのか不明
・感情を表さないとされた、頑固なピカードに劇中でわざわざ「愛してる」と言わせる

などがポイントとして指摘できます。

⑩整合しないところ(解釈が必用な箇所):

アルタン「彼女はスートラだ。ジャナの姉妹だよ」

・ジャナはスートラの双子でしかない
(ダージ&ソージと同じ顔である理由が謎)

ジャット・ヴァッシュのスパイであるオウ准将が、姿形(すがたかたち)で極秘暗殺指令を出した理由がまぐれ当たりでしかなかったことになります。

アンドロイドが全員同じ顔をしているという思い込ませの原因でしたが、同じ顔の個体は4体しかいません。双子という説明ではなくて、“姉妹”と言っていることから、ジャナ以前に顔が知られた理由がまだ隠されているのでしょうか。もっとも、“姉妹”は同胞団の呼称である“シスター”から来ている節がありますが。

アルカナ「唯一の船はジャナ達と供に失ってしまった」

異世界からのアンドロイド二体の顔があらかじめ指名手配されていなくては、アロンゾ・バンダミア艦長がジャナともう一人を虐殺できません。それとも、虐殺の理由は人相ではなかったのでしょうか。ならば、どうやってオウ准将は彼らが「破壊者」の一味だと知ったのでしょう? ジャナの肌が作り物っぽい白色で、目がデータのように金色だったから?

知られている事実は“アロンゾ・バンダミア艦長が苦渋の決断の末に二人を虐殺した。その命令は極秘で、彼らを殺害しないとバンダミア艦長は自船と乗員らを惑星連邦の保安局に破壊されてしまうからだった。虐殺された内の一人の人相がソージと同一であった。”

演出は、ミスリードっぽく、人相のことが命令の根拠であるかのように強く前面に出てしまうものでした。

アルタン「禁止令の為にブルース・マドックスが考えた偽装だ。正しかったとはとても思えない」

ダージ&ソージが出自を知らずに人間だと思っていた理由の正当化です。ジャナと瓜二つに造った理由も、実は説明したつもり(=ジャット・ヴァッシュの気を引く為)なのでしょう。

ジャット・ヴァッシュの一員であったラムダを同化することで、その記憶を読んだボーグは、彼女の乗るキューブを集合体から切断しました。進化したテクノロジーを同化することを是とするボーグが、なぜ進化した人工知能に連絡できる周波数を解読できず、あるいは、(解読できても)使わなかったのでしょう? データを誘惑したボーグクイーンが過去に存在したというのに。

どうやら、ここのボーグはシンスらの陽電子頭脳にはとりわけ疎かったようですね。それとも……シンスを見守っているという「どこかに存在する高度な人工生命」とは、結局ボーグと因縁の存在? いやボーグのプロトタイプなのかも?? やっぱり、ローアかな(笑)
[ 2020/03/21 04:21 ] 映画、ドラマ感想 | TB(-) | CM(0)

ウエストワールド第3シーズン第1話

人工知能の反乱/併存モノを描かせたら、最先端を行っているドラマシリーズ。第1シーズンは喩えるならば「モロー博士の島」でしかありませんでしたが、第2シーズンで化けました。

「ウエストワールド」テーマパーク内での物語はさほど面白いものではありません。しかし、見所はこのドラマが提示する革新的で哲学的な捉え方にあります。劇中で行われた、万物の霊長である人類に対する採点・評価(※)はとても厳しいもので、人間の業(ごう)がいかに深いかを知らしめるものだったのです。

 ※パーク内で密かに行われた来園者の認知能力を複製するプロジェクト。その結果、一人一人のBOOK(性格プロファイル)が制作され、アレキサンドリア図書館のようなフォージに保存されている。

 BOOKを読めば、人と“なり”が全て判明してしまう。また、BOOKさえあれば、その個人を再構築することができる。なぜなら、BOOKには人格を構成するにたる必要最小限のアルゴリズムが記述されているからだ。つまり、人間はそんなにも単純な生き物でしかなく、パラメータは異常を採る範囲が広く、洗練されず、野蛮で愚かしい存在なのであった。

 アルゴリズムが意志決定を司るため、人間にはそもそも自由意志がなく、人生における広範な選択肢は意味を成さない――「運命の乗客」。

 加えて、人類には不死になる道が巧妙に閉ざされている。たとえ、人造の肉体に精神を転送したとしても、人間の精神が「これは複製である」という現実を拒絶するため、自己崩壊してしまうのだ――Cognitive plateau。


反して、人造人間であるホスト達はとても純粋な存在であることが宣言されています。ホスト達は特別のデジタル世界――ある種の天国と形容できるでしょう――で幸せに暮らすことができるのですが、ドロレスの一派は現実の世界に侵食すべく、とうとうパーク外への逃亡に成功しました。

そして、両者のハイブリッドとも言えるバナード・ロウ(ドロレスの記憶から再現したアーノルド)は架け橋となるべく“ティムシェル”の為に生存を許されています。

※以下ネタバレ

さて、第1話では“ドロレスの姿”のドロレスがデロス社の株主でもある富豪を訪ね、生活と「事業」に必要なカネと、さらには「機密ファイル」を強奪していきます。第2シーズンの最後で共存を選択した彼女達の場面を見ているわけですから、この段階は逃亡直後から日が浅いことが想像できます。ショッキングですが、物語としては蛇足から始まった印象ですね。

BOOKには園内で及んだ行為まで記録されているようです。まさに閻魔帳。

オープニングがこれまた印象的で、イーグル――合衆国がどこへ飛んでいくつもりなのか、ドラマの製作者も気を揉んでいるようです。

指先を接して邂逅を果たした人物は水面を下から見上げた鏡像に過ぎません。向こう側は黒い空です。

綿毛は散り散りになりつつも、粛々とした円軌道を描き続けます。球面上ではその円軌道が列車のようにループを辿り続けます。

黒い空の人物は逆さに、水面から貫通して惰性のまま遠ざかり、水面下の人物は精巧な機械式の人造物でした。

イーグルは、太陽のようなジェット噴射に近づき、ギリシアのイカロス神話のように羽根が分解していきます。ループの球はあぶくに化け、夜の摩天楼が滲みます。

顔の無い有機型の人造物が赤い液体の中からウィトルウィウス的人体図を浮かび上がらせます。

本編。現実でも心配されている通りに、ドラマではデロス社製のロボットが人に取って代わりはじめ、肉体労働を一手に引き受けています。SWの共和国ドロイドを連想させる見かけです。US陸軍での実戦運用から導入された経緯のようです。

ウエストワールドの新しい価値は、近未来の透視図となりました。

P.K.ディックが創出したムードオルガンと同じようなものがあり、キリスト教の聖体拝受のように舌に乗せて使われます。

セリフではこの場面に被せて、人間の性格を一時的に是正してくれるインプラントのことも説明されました。さしずめ、人に優しいロボトミー手術といったところでしょう。第3シーズンの主人公ケイレブは痴呆の母親を入院させていて、膨大な医療費の捻出に苦労させられているようです。今度こそは、視聴者がRideしやすい登場人物が出てきました。

聖体拝受式のあれは、以前なら精神安定剤(抗不安薬)として表されたものの代替物ですね。

素晴らしい皮肉――これはクリスチャンによる、倫理を踏み外すことの恐ろしさを表したドラマなのですね。ネイティブ・アメリカンを虐げた報いをこれから受けるのだ、とみることも出来るでしょう――ゴースト・ネイションのアキチタのエピソードがある理由に思い巡らせれば。合衆国を作ったアメリカ人の子孫全員が背負うべき業だよ、と言っているわけです。

ケイレブがスマホをタップして参加する「富の再分配」はGTAまんまでした。仮想世界のウエストワールドの外でも、園内とほとんど変わらないモラルハザードが横行しているようです。麻薬の運び屋を闇サイトで生業にすることができ、監視社会で皆の行動が逐一記録され、イヤホンのようなデバイスを誰もが装着しています。

世の中は考える機械の「アルゴリズム」に任せっきりで、重要な決定事項を人間抜きで採決することもあるようです。まさにAIが席巻した世界。デトロイト:ビカム・ヒューマンのゲーム世界に通じます。

バナード・ロウは正体を隠し、中国人らと貧民キャンプで生活しています。ジョナサン・ノーランの兄が撮った映画「メメント」の主人公のように、自分が制御されていないかを、日毎、肉声で認証しながら逐次確認しているのでした。

バナードは「ウエストワールド」パーク虐殺事件の真犯人として全米で手配されています。シャーロット・ヘイルのドロレスはバナードを狩りだそうとしています。

緯度経度が出てくる円の図形は、「アルゴリズム」の画面なんですね。サイバー監視社会です。スタートレック:ディスカバリーで言えばコントロル。ターミネーターならスカイネットです。

ドロレスは「ララ・エスピン」と名乗り、アルゴリズムを設計した人物の息子に接近。人には救いを感じる側坐核が脳にあり、その機能が「神を信じさせるの」と宣います。ドロレスのダイアローグは実に秀逸で、エヴァン・レイチェル・ウッドの押さえたトーンがとても魅力的。人に紛れている亜人がこんなに洗練されていたら、人類の敵だと分かっても惚れてしまうことでしょう。

ケイレブは、精神科医からプログラムのことを話題に出されます。兵役に就いていた過去を持つ彼は、やはり兵隊だったフランシスと電話でやりとりをするも、職探しに明け暮れる毎日です。全ての「プログラム」はアルゴリズムが提案しているのでしょう。兵役プログラム、治療プログラム…… だから、その欠陥を否定することを医者はしません。査定に響くのでしょう。

「むかし、おまえ言ってたよな。この世界はゲームになってるんだ。だから、俺達は絶対に勝てないように出来てるって」

アルゴリズムの本体「レハブアム」こそはオープニングに出てきた球体の正体でした。一人一人に最適な道を示し、使ってない潜在能力がないように造られたそうです。ケイレブはその「プログラム」の落ちこぼれということですね。どんな理想社会にも“はみ出し者”が現れるのが世の常です。

近未来バイクの赤いお尻! なんてキュート!! 実際はスタント役のダブルかな(笑)

最新の近未来ハイテク・ショーで疑問に思うことのひとつは、この手の中央集権型AIは、結局のところ、70年代に流行ったマザーコンピュータのバージョンとは何が違うのか、ということですね。手塚治虫も似たような管理社会のアニメを作っていたと思います。

今は分散コンピューティングとクラウドの時代ですから、どこかのビルの一画にでーんとAIの本体が鎮座するのは旧かろうと思うのです。

どこかで、見たことのある原風景に立ち戻ってしまった不幸。全く新しくなかったという斬新さ。

バナードには二番目の人格があるようです。前シーズン最終回でシャーロット&ドロレスによって植え付けられたようですね。非常時になると起動する人間を超越した怪力や暴力行為……こういうのは、既に見ました。スタートレック:ピカードのソージとも同じです。アクションに訴える分かりやすい場面を作ろうとすると、皆同じ発想を使い回すようですね。

バナードは、重度にデフラグしたメメント状態の健忘症が利用され、ロバート・フォード博士に殺人の片棒を担がされたことがありました。今回は、それを自分で制御できるようになったということなのでしょう。嫌な記憶は一切残らず、結果を知ったことで罪悪感は負うものの、臭い物に蓋をすることが出来ます。

物語的な理屈を固めてくれるので、ドラマの土台は理解されるでしょう。好みは分かれますが。

レハブアムは意に沿わない開発者を殺した容疑が浮上しました。息子リアムもまた、父と同じ轍を踏まないように、AIに先読みをされないように言葉を濁します。ドロレスはなんとか聞き出そうとします。現在レハブアムを管理しているのは誰なのかを。

純真な新人類の最後の生き残りであるドロレスでしたが、やはり、人類の数千年に及ぶ粗暴さには太刀打ちできませんでした。AIを擁するインサイト社の職歴の長い保安要員にスタンバトンで気絶させられてピンチです! 

ケイレブのGTA行為がドロレスの道と交差します。

フランシス「おまえの言葉を思い出してた。負けるゲームでも勝算に賭けるしか無い。そうだろ?」

ケイレブ「いや、本当のおまえはそんな風に考えなかった。システムは俺達の生死なんか気にしない。自分たちで計画を練って一緒に行動するんだ、とな」

なんと、ケイレブの電話の相手フランシスは、AIが用意した治療用の話し相手だったのでした。購読解除で二度と電話してこなくなります。

一方、薬物が効かないドロレスの絶体絶命はあっさりひっくり返ります。ドロレスはBOOKによる替え玉を用意してあるのでした。映画「未来世界」にもあったすり替え計画ですが、ドロレスのウエストワールドなら充分、実行可能でしょう。

アウトサイダーのケイレブが天使を見つけた日。その天使の名前はドロレス。用済みの人類を破滅に導く新世代の使者でした。

一方、生き残ったメイヴのいるワールドは第二次大戦ナチス占領下の街でした……これはトレーラーに出てきたのですぐに分かってしまいました。
[ 2020/03/16 19:46 ] 映画、ドラマ感想 | TB(-) | CM(0)

どうしようもない見通し(スタートレック:ピカード)

ミステリっぽい謎の展開としては:

大昔にデータがカンバスに描いた娘が、9年前にジャナという名前でイブン・マージドに接触を図ってきたことが判明しました。マドックスのダージ&ソージ(3年前)以前に、ジャナは造られていたということになります。

すると、そもそもデータが描いたことが先なのか、それとも後なのか、気になってきます。ジャット・ヴァッシュはかなり以前から破壊者の面影を知っていたようですから。データはジャナと同じ姿が脳裏に蘇って、それを単に描いただけかもしれません。

さらには、ヌニエン・スン博士式のアンドロイドが後に開発できなかった理由や、B-4がデータになれなかった理由も考え合わせると、そもそもの出発点はジャット・ヴァッシュの恐れる破壊者の故郷にある、ということかもしれません。スン博士もマドックスも、破壊者の星から何らかの技術的供与を受けたことで実用的なアンドロイドを創造できた、と。

つまり、淡い幻想を抱いているのはピカードで、ソージの面影はデータの娘という関連では無いことに成り得ます。マドックスのフラクタル・ニューロン・クローニングによって、データの一部を受け継いだだけに留まるでしょう。危険視されるアンドロイドに、データの良心が移植できたのかが焦点となりそうです。

そして、おそらくは死ぬ美学に魅了されている脚本家の手になる結末は、ソージを殺すピカードの図でしょう。そんなところだと俺は予測します。

本来は、ソージに殺されることも厭わないピカードに接したソージが、データの良心の何たるかに目覚める、という筋書きになるべきでしょうが、それでは面白くありません。ピカードが大切にしてきたデータの想い出をピカード自らの手で殺させる、そんな発想に落ち着くのが、ここの脚本家陣の思考でしょう。

もっと言うと、地獄の総大将が実はデータ(ローア)だった! くらいやるかもしれませんヨ。
[ 2020/03/14 09:55 ] 映画、ドラマ感想 | TB(-) | CM(0)

スタートレック:ピカード第8話「真実の断片」

第8話はこの一連の作品における核心を(ようやっと)扱っていて、いかにスタートレックたり得ないかを体現しているエピソードでした。ジャット・ヴァッシュが懸念している事件・思想。それらに触れたアンドロイド研究の博士が言うセリフ云々。

※以下ネタバレ

冒頭、唐突にジャット・ヴァッシュの成り立ちが語られますが、まるで中世の魔女結社のよう――数百年の昔から続いているそうです。ロミュランってこんなに迷信深い種族でしたかね? スタートレックのロミュランとは思えませんし、全くセンスの無い設定だと思います。クトゥルフ神話の世界で起きた出来事にでもした方が向いているでしょう。

「警告の輪」の試練に耐えたことがジャット・ヴァッシュの共有する宇宙観だとしたら、おのずと構成員を減らしたであろう狂気の組織が、どうやってスターフリート深部にまで潜り込めるのか、とても疑問です。惑星連邦のセキュリティーはザルなんでしょうか。

ボーグが、例のロミュランによって再生されているキューブを遺棄した理由は、シャット・ヴァッシュに属していたラムダ(今回判明した事実=ナリッサ・リゾーの養母)が乗る船を同化した為のようです。つまり、恐怖を理解するボーグ。テクノロジーを求める彼らが異物を認めることはあったと思いますが、よりにもよってボーグすら恐れる体験をロミュランの記憶に見つけたから、とは。失笑モノ。

スターフリート最高責任者のクランシーに「宇宙のゴミだ!」と言ってのけるピカード。老人の痴話ゲンカのような言い争いです。視聴者やピカードにとっては第1話の雪辱に相当しますが、わざわざ汚い罵り言葉をロッデンベリーの意向に反して喋らせているわけですから、この作品自体がゴミにならないことを祈るばかりですね、パトリック。

リオス船長にとって、ソージの面影は何らかの忘れ形見のようです。それも忌まわしい記憶の。こういった関連付けと過去の暗い体験(登場人物の)ばっかりですよ、このドラマで使われる手法は。ホントに芸が無い。そして、全て説明セリフで開陳されます。

八枢機卿と八重連星系……ものすごく厨っぽい設定。

「自慢したいとか? ボク、こんなのできるよ!!」

独特な装飾を付けた見栄っ張りの薄っぺらい組織を山盛り登場させてくるのですから、もう胃もたれで、何も食べたくありません。

「いや使える。まずは彼らの受信機を再接続する。このキューブに限定的な集合体を作ればいい。動きを調整し、彼らをロミュラン兵に対抗させる」

「それはすごね、やって」

「これは同化だぞ。心を侵食して、自我を抑圧して従わせる。二度も」

「終わったら解放すればいい」

「解放を彼らが望みはしない。私も望まないかもしれない」

キューブのボーグテクノロジーがひたすら便利屋になっているだけです。いくらセブン・オブ・ナインを再登場させても、ドラマの質が上がるべくもなく……

「正直に言えば分からない。この気持ち分かる? 自分の中に大きな穴が開いてるの。ぽっかりと。たまごが好きかどうか聞かれても、答えるのが自分なのかプログラムなのか分からない」

P.K.ディック的なニセモノを、作り物である自我に見ているソージが発する言葉は、なんらかの精神疾患を抱えた者のそれです。そうした疑問は普遍的に、「自己とは何か」という哲学的な命題につながるはずですが、ここではひたすら個人の体験――データの存在した証し――にすり替えられて矮小化してしまいます。テーマの深掘りに失敗している例でしょう。

「もはや過去を持っていないと思うのか。それは違うぞ。君には過去がある。物語もちゃんとある。すぐにでも教えられるがね」

「データのことを言っているの?」

「データの娘なのだから、父はどうであったか。翻ってピカードをどう見ていたか」ではなく、「データたらしめていた人間性とは何だったのか」をピカードは説明するべきでしょう。人間とアンドロイドはそもそも違うのか、とね。陽電子頭脳に宿った人間性とは何なのか。人間は皆、自分に問い掛けるものだ、「自分の存在理由は?」と。

データにはローアという倫理観の欠如した双子の兄がおり、どちらもヌニエン・スン博士の似姿でした。やがてデータは念願叶ってエモーション・チップを搭載することになったわけですが、スン博士のダブルでもなければ、ローアの写しに成り下がることもありませんでした。最初は恐怖という感情に振り回されていましたが、やがて抑制できる(オフにできる)ようになったようでした。

常に人間らしい向上心を持った好人物だったのだ、とピカードは言うべきでしょう。その努力が彼を人間にさせていたと。エモーション・チップがなかったとしても、彼は十二分に人間だった、と。

「彼の感情表現や処理の能力は、残念だが非常に限られていた。その点は私も変わらん」

ピカードにこう言わせる脚本家はエモーション・チップが出てきた映画「ジェネレーションズ」のくだりを知らないのでしょうか。ピカードが自嘲気味に子供が苦手な自分(感情を出さないとクワト・ミラットの寺院でザニに言われた伏線がある)を、データのエモーション・チップに重ねているとしたら、この作品独特の思い上がりでしょうね。

この脚本家は「彼(データ)も(ピカードのことを)愛したはず」と、安っぽくお涙頂戴させることにしか、関心がないようです。

データがどれほど尊いアンドロイドだったかをピカードに言わせるのは感傷でしかないでしょう。想い出ビジネスと同じで。あの頃はよかった、それだけです。ヒューマニティーの限界を未来社会や理想に見いだそうとした過去作の精神を今回はわざと除外しておきながら。過去の栄光だけは利用して視聴者に訴えようとするのは、随分なまやかしです。

かつてのTNGのようなエピソードの核心となる教訓もなければ、例えば「ER緊急救命室」のような人間ドラマも醸成されてきません。「スタートレック:ピカード」はイタズラに謎ばかりひねり出し、銀河の端っこから端っこまで追跡させているだけです。どういう企画意図で作られたのか、甚だ疑問です。ファンからしてみれば、重大な背信行為と言えるでしょう。よくもまぁ、スタートレックという冠をつけられたものだと呆れますね。しかも、人気だったピカード(パトリック・スチュワート)を担ぎ出して、この有様だから。

「緊急なんとかホログラム」が今回もコミックリリーフです。ところが、いかんせん、他の土台がむごい有様なので、笑いを取るどころじゃありません。

ホログラムがやたら人間くさい世界であるにもかかわらず、アンドロイド(人工知能)は禁止という、わけが分からないダブルスタンダード。何よりもまず、ホログラムは禁止されない理由を説明する必要がありそうです。ジャット・ヴァッシュがホログラムを排除しないのは何故なのでしょうか。スターフリートの保安部長の責にある裏切り者がホログラムを野放しとは、これいかに?

「地獄を信じます? わたしもでした。あれを見るまでは。今は毎日死ぬことを考えてます。死ねば楽になれるから」

道理で。死ぬ美学が多用されて、過去の登場人物がポンポン安楽死するわけだ。こんなセリフをスタートレックの世界で聞くとは世も末です。

さらに、スタートレックで「地獄」ときました。TNGで登場する地獄の使者はまやかしの恐怖を与えるためにホログラムでねつ造されたものでした。科学文明の発展により、迷信の類いが明確に線引きされていたのが24世紀。オーヴィルでもそれは受け継がれています。

「それが起きたのは遙か昔。数十万年前。思い上がりのせい。ブルースが抱いたような…… 私たちは幕開けの場にいる。わたしはオウにそれを見せられた。今すぐ全ての人工生命を壊して、どんな小さな芽も摘まなければ!」

主人公が利用する人型ロボットという概念が日本で流行りだした頃、とりわけアメリカではキリスト教の影響下で、造物主の似姿として造られた人型を人間が造り出すのは不敬だから(ロボットは流行らない)、という理屈を聞いたことがあります。ジャット・ヴァッシュはまるでこの伝のようで、教義に反することを消し去りたいテロリストのようです。

「地獄がまたやってくる。そして、その幕開けとは……」

「セブチェネブが現れること。それは破壊者。……わたしよ」

スタートレックに対する破壊者は、この作品を造った人々でしょうね。かつて世紀末に流行った世界の終焉ブームのような体裁です。暗いディストピアと黙示録を結びつけても、少しもスタートレックにならないところが嘆かわしいばかりです。地獄を易々と信じてしまえる人々は、元来24世紀の地球にはほぼ居なかったでしょうから。

ソージにそっくりなジャナに、リオス船長は会ったことがあり、恩師アロンゾ・バンダミア艦長の自殺にも関係があるのでした。スターフリートの保安部から、特定の姿を持った人物を殺せと命じられており、それが娘の姿をしたセブチェネブでした。連邦士官だった頃のリオスに責められた艦長は自殺してしまったそうです。

リオス船長の苦悩は、またもや筋を肯定するだけの過去でしかなく、共感を寄せられる描写には届いていません。そんな屁理屈で伏線回収されましても…… つくづく雑な脚本です。

セブンとエルノアは一計を案じ、ボーグのユニットを活性化させましたが、真空の宇宙に排出されて失敗。ナリッサが一枚上手でした。(とりあえずは)

この辺りは視聴者を期待させてはぐらかす目的のトリックとして用意しているのでしょうが、派手な見かけだけで、だからどうした、というものばかりです。「セブンがボーグの臨時クイーンになるなんて? こりゃ凄い!!」とか、子供っぽいファンが喜ぶと思っているのでしょうね。

いや、むしろ、こうかな→「ボーグなんてエアロックから宇宙に放り出せば、イチコロじゃないか。ボーグの強さをありがたがるトレッキーって莫迦だよなぁ」

アグネス・ジュラティ博士は、オウ准将の(精神融合による)暗示で二度と殺しはしないと、ソージに決然と言います。ソージはピカードに吐露したときとは打って変わって、人間らしさの自負心を取り戻したように見えます。

「人間と言える? 理論上じゃなく。あなた自身が今こうしてわたしを見て話してみて。あなたと同じ人間だと思える? オウ准将にわたしも殺せと言われた。あなたにそんな機会は与えない」

この場面では、映画「ブレードランナー」のレプリカント:ロイ・バッティらが、その身体面での優位をバネに、平静な面持ちで無防備な生身の人間を殺す時と同じような、冷たい恐怖をソージに感じます。彼女はオウ准将をはじめとするジャット・ヴァッシュが宣伝するごとく恐ろしい存在に見えてくるわけですが、ならば、「データの娘」という免罪符とどう向き合わせるつもりなのでしょうか? せいぜい、やれることは一つしか無いと分かってきます。そこをどう裏切ってくれるのか。ここの脚本家連中にはあまり期待できそうにありません。ピカードとの絆が生まれた描写も足りないですし。

「わたし、人殺しはもう止めたの。それっていいことよね?」

あやまちで傷ついた登場人物ばかりを作中では描いているのですが、全然、報われていないように見えます。描写や演出がチグハグで。共感もできないし、ツボを外しているようにしか見えません。HBOの「ウエストワールド」シーズン2で出てきた“ティムシェル”のつもりなのかもしれませんが。そういった前振りが一切ありません。筋に都合のよいように動かされる登場人物。それだけです。

「誰も傷つけたくない。故郷に帰りたいだけ。向こうに着いたら、すぐに船を返す」

「君の気持ちは理解できるが、これは強引すぎる。俺達が手伝う――」

「何を理解できるわけ? 家族が殺されそうだったら、どうする? 家族を持ったことは?」

緊迫から一転。乗員達は互助の精神を発揮し、ピカードの号令一下、ジャナの故郷に行くことになりました。そういえば、第7話のなんとかいう老人の船長が出てくるのかと思ったら、番号だけの惑星という情報提供のみでした(もっとも、それすら今話では活かされてません)。第7話がただの挿入話に過ぎなかったことの証しでしょう。

アロンゾ・バンダミア艦長の自殺の真相があまりにもご都合主義だと察したのか、ワープ中の船内で、唐突にリオス船長とピカードが記憶を頼りに、彼は善人だったと言い始めます。

視聴者はポカーンではないでしょうか? 俺はそうでした。そんな蛇足をしても何にも足しにならない。もっと良質な説得力のある場面を作ってみて欲しいものです。説明ばかりのこじつけに飽き足らず、登場人物自らに、「(名前だけの)あいつはいい奴だった」と言わせてしまうなんて。最低の作劇でしょう。

「我々自身が自分を裏切っているんだよ。オウがバンダミアに命令を与えるずっと前からだ。あの禁止令そのものが裏切りなんだよ。オウやジャット・ヴァッシュが罠を仕掛けたわけなんだが、我々はそれを回避できたはずなんだ。恐怖におののく代わりに」

パトリックは政治信条をセリフに出したくてしようがないようです。もうウンザリですね! オウはどこかの国の大統領なのでしょう。

ところで、この作品には他では見たことの無い要素がいくつもあるわけですが、さりとてその良さも見当たらず…… 

・殺人の自首を宣言する女性研究者
・役に立たない看板の老人
・どんな情報でもいつの間にか知り得てしまう元副長
・古傷を話すと気持ちが安らぐだけでなく、前向きになる無邪気な船長
・殺人を止められず、それを通知しない緊急ホログラム
・エアロックに安全装置のないボーグキューブ
・精神融合を犯行指示に使うロミュラン=ヴァルカン
・故障するフェイザー
・心は子供、体は無敵のカランクカイ
・バイセクシャルの元ボーグ

などなど、数え上げれば切りがありません。スタートレックの定石を覆すアンチ的なワザの数々に、脚本家陣はさぞや鼻高々なのでしょう。

俺の中では、もう、どうでもいい作品に成り下がりました。これはスタートレックでは断じてないし、スタートレックモノでなかったとしても、相当の、いや相応の駄作です。がっかりするほどの。

余談ながら、米アマではウィル・ウィートンがホストのThe Ready Roomというショーがドラマと併せて配信されているのですが、日本のAmazonでは見当たりません。スタートレック:ディスカバリーの時は、一緒に「アフター・トレック」が配信されており、これは日本のNetflixで視聴できました。日アマは日本語字幕と日本語音声しかない点といい、Netflixよりも劣ると言えるでしょう。

もっとも、米アマでも問題点があり、スタートレック:ピカードを視聴したいなら、 CBS All Accessとのチェンネル契約を余儀なくされます。つまりprime videoに加えて料金を請求されるわけで、視聴者からは根強い反感を買っています。
[ 2020/03/14 03:51 ] 映画、ドラマ感想 | TB(-) | CM(0)

スタートレック:ピカード第6話「不可能の箱」

第7話を先に見てしまったせいで、たいしたことの無いエピソードでした。劇的に動く回ではあるのですが、第1シーズン10話の内であることを考えると、展開としては遅すぎて微妙です。第7話も加味すると、大枠としてはほとんど進んでいません。

手掛かりに次ぐ手掛かりを追いつつも、何も判明しないという空回りばかりです。

ソージはますますレプリカント然としてしまって、TNGの人間になりたがるアンドロイドではなく、P.K.ディック的な「自分は模造品かもしれない」という猜疑心の塊になってしまいました。

ジャルマクという儀式が出てくるのですが、まるで回復記憶療法(催眠セラピー)ですね。偽の記憶を作ってしまうということはないようですが。

人間ドラマとしては、リオス船長が珍しく活躍しました。アグネス・ジュラティといい雰囲気になったり、ラフィーを気に掛けたりしています。

ラフィーは特に気の毒な境遇で、前回で息子から捨てられ、旧友からは、今回、ピカードの為に信任を取り付けたが為に、絶交を言い渡されます。麻薬中毒者の描写がそれとなく利いてました。

――ボーグに同化された人々は犠牲者であり、もうモンスターでは無い。ピカードやセブン・オブ・ナインと同様に、人間性を外見からも取り戻そうと施術を受けている。

ここは特筆すべき視点ではありますね。ただし、トロくさい展開と薄っぺらい人物造形、それに既に視聴者に情報をバラしてしまっている神視点演出と相まって、まるでパンチがありません。もう知ってる、と。この辺の情報を開示していくタイミングのコントロールがもっと緻密であれば、回が進む毎に驚きを持って歓迎されたでしょうに。

とりもなおさず、構成がダメダメです。

ミステリっぽい謎としては:

 ――ブルース・マドックスは双子だけを造ったはず。にもかかわらず、ジャット・ヴァッシュはアンドロイドの仲間がいると確信している(そいつらが世界に破滅をもたらすと信じているらしい)。だから、ソージの故郷を知りたがった。

 ――第7話でウィル&ディアナ夫妻の娘が、なんとかいう船長に連絡をつけて、問題の故郷が数字だけの惑星(ロシアの街みたい)と判明。

残り3話でそれなりのオチがつくとは、ちょっと思えませんねぇ。壮大なクリフハンガーで第2シーズンへ続くのでしょうかね?
[ 2020/02/29 12:17 ] 映画、ドラマ感想 | TB(-) | CM(0)

スタートレック:ピカードの暗部

反トランプ大統領、反ブレグジット(イギリスの欧州連合離脱)を暗喩する政治色が、スタートレック:ピカードに影を落としている、というのが北米視聴者の専らの理解。

ピカードを演じる俳優のパトリック・スチュアートが自ら、反トランプ、反ブレグジットだと公言しているのだから。Patrick Stewart anti-Trump, anti-Brexitでググってみればいい。

政治との関わりをTVドラマにまで持ち込んで欲しくないと思う。

確かにスタートレックは時代色を反映したエピソードを作るのに格好の骨格を持っていて、実際にそういった使われ方もしてきた。でも、それはセス・マクファーレンのThe Orvilleが行っている範囲で留めておいて欲しいものだ。それより先は、現実の我々が考えるべき事であって、ドラマで指図されるいわれは無い。

惑星連邦が孤立政策に苦しみ、ロミュラン排斥を止めないのは、こうした理由なのだった。

劇中のピカードがスターフリート代表にFワードで「もう貴方の故郷では無い!」と返される場面は、おそらく、P.スチュワート氏がアメリカ・イギリス両国をFワードをもってして批判する事実から来ているのだろう。

Sir Patrick Stewart Says New ‘Star Trek’ Series Will Take On Trump, Brexit

“Picard,” he notes, is “me responding to the world of Brexit and Trump and feeling, ‘Why hasn’t the federation changed? Why hasn’t Starfleet changed? Maybe they’re not as reliable and trustworthy as we all thought.”

Stewart goes on to describe both the United Kingdom and the United States as “f***ed.”

なにせ、ドラマがそのように企図されるのはP.スチュワート氏の意向によるものだそうだから。

‘Star Trek: Picard’: Patrick Stewart on Why He Returned to the Final Frontier

On Jan. 23, CBS All Access will debut “Star Trek: Picard,” a series in which Stewart reprises the thoughtful, cultured, bald starship captain he played for seven seasons on “Star Trek: The Next Generation” and in a string of four feature films that ended in 2002. The new show is different from its predecessor in nearly every respect — texture, tone, format, production value, even the likelihood of characters dropping an f-bomb. That’s all by design. Stewart’s design.

これは果たしてジーン・ロッデンベリーが考案したスタートレックの世界だろうか? ドラマの私物化と言っても差し支えないようにも思える。

実は、The Orvilleにもブレグジットに似た情勢が登場する。こちらも、またもやAIに絡めたプロットで、個性的な発想など、この業界では求められていないのであろう。似たネタでありながら、物語の作り方がどのように違うかを見てみよう。

※以下、ネタバレ含む

■宇宙探査艦オーヴィル シーズン2第12話「歴史の一歩」概要
 女性の存在を認めないモクランでは、女児が誕生した場合に密かに脱出を助ける組織がある。そうした女性達が暮らす植民星の存在が、モクラン本星に知れてしまった。オーヴィルのキャプテン エド・マーサーは、この植民星を惑星連合へ加入させることが突破口になると踏む。ところが、モクランは惑星連合からの脱退をチラつかせて、それを阻もうとする。惑星連合は有機生命体抹殺を企むAI種族ケイロンの脅威を目の当たりにしており、武器供給元であるモクランの脱退だけはなんとしても避けたい。

――さて、ドラマの答えは妥協案であった。惑星連合は、モクラン女性の住む星の加盟を認めない。モクラン女性の代表者は、女児を脱出させる組織を解体する。モクラン本星は、モクラン女性の住む星を攻撃しない。

合意を形成することこそが民主主義のプロセスであるので、具体的な妥協案を導き出すことはとても重要。たとえフィクションの世界であっても(過半数による“暴力”は民主主義とは言えない)。

実にTNG的で素晴らしい。視聴して貰えば一目瞭然だが、人道的な仲裁を描いた場面がコメディタッチで微笑ましい。こうした一話完結エピソードの作り方はとても理に適っている。

設定を歪めることで、リアル指向の反面教師を促すスタートレック:ピカードとは好対照である。どちらが賢い作り方だろうか? ピカードのやり方は、ドラマの質の向上へは貢献していないようだ。

政治的なメッセージでアジって旧来のトレッキーを苛立たせるのが得策であるか、キャプテン・ピカードとは違って、P.スチュワート氏にはそれが分からなかったようだ。自身の出演作に、客観的な娯楽作品としての価値をもう一度考えてみるべきだったろう。
[ 2020/02/28 15:41 ] 映画、ドラマ感想 | TB(-) | CM(0)

スタートレック:ピカード第7話「ネペンテ」

これまでのあらすじが未来のネタバレw 見てない場面ばかり出てくる。Amazon、やらかしちゃったようだ。すぐにも差し替えられると思われるが……

誤って配信/公開されたのは、たぶん第7話“Nepenthe”。

※以下ネタバレ

ライカー&トロイと再会するピカード。悪くないエピソードだが、脚本家は、過去に古傷を持つキャラクターを見せたくてしようがないらしい。

息子の名前がサドって。脚本家はTRPGの原作者Gary Gygaxか、指輪物語のトールキンか、アリスの作者チャールズ・ラトウィッジ・ドジソンにでも憧れがあるのだろうか。※供に架空の異世界や言語、設定におけるイノベーションで定評のある偉人。

サドを助けられなかった理由が、アンドロイド禁止令と関係がある……またもや、裏付け設定の為に人を殺す脚本。セブンの復讐心を表す為にイチェブを殺す。ナリッサ・リゾーの見せ場の為にヒューを殺す。派手な殺陣の為に、エルノアに元上院議員のロミュランを殺させる。暗示を掛けられたのでマドックスが殺される。

登場人物の誰一人として完璧にハッピーな者が居ない。スタートレック:ディスカバリーのシルビア・ティリーのような人物を連想させる存在が、アグネス・ジュラティだったが、オウ准将の仕向けた精神融合のせいで、それすら叶わない。

このドラマに出てくる人物造形は相当に薄っぺらい。前シリーズの借り物ばかりで、ほとんどト書きのような説明でしかない。とても安っぽい。貶める意味で引用されるラノベってのは、きっとこんな感じだろう。

データの娘ソージは、もはやレプリカントと形容した方が的を射ている。舞台設定や描かれるディストピアは、新三部作以降のスター・ウォーズのジャンゴ・フェットとクローンウォーで寝返ったクローン・トルーパーの関係だと捉えると、よりしっくりする。どこにもスタートレックらしさがない。

これまでは、善意の視聴者として、逆境のスタートレックを故意に作って、克服する登場人物を力強く描く、希望ある物語を脚本家達が目指しているのだろうと前向きに汲み取っていた。

しかし、スタートレックを壊そうとする原作レイプかテロリズムと考えた方が説得力がある。懐かしい俳優らを起用しても、まやかしを続けることは無理だ。

ヒューがナリッサ・リゾーの投げナイフで頸動脈を切られて絶命するのだが、24世紀ではすぐに医療処置を施せば死なずに済むだろうに。致命的な毒でも塗ってあるナイフなんだろう、きっと。

いずれにせよ、脚本家は殺し方と死ぬ美学に拘りすぎているのか、無駄死にばかり描く。演出上の理由で登場人物がポンポン殺されては目も当てられない。

第5話の感想では触れなかったが、ブジェイゼルは、セブン・オブ・ナインがかつてアニカだった時(*)に、二人の間にあった事実を仄めかしていた。これは海外の視聴者によると、肉体関係があったと読めるらしい。

VOYではチャコティー副長といい仲になっていたから、セブンにはバイセクシャルの気があるということになる。はて? セブンがアニカだった頃はかなり若かったと思うのだが、そんな昔から……? ファン創作の域を出ないような付け足しに、ため息しか出ない。

 * あぁ、ここは俺が誤解していたようだ。13年前の時点で(本性を知らずに)ブジェイゼルと関係を持ったということか。流行のLGBTに配慮した付け足し設定だろ? セブンがバイだとかは、むしろ、どうでもいい。主流がもっと酷いことになっているから。

ピカードとの会話で「人間性を取り戻そうと今も努力している」と言ったそばから、復讐心でプジェイゼルを蒸発させるセブン。この演出はやっぱり頂けない。セブンの努力は、そういう決心には短絡しないと思う。VOYはそういう作品ではなかったから。

そんなわけで、脚本は壊滅的に駄目だろう。出演者はお気の毒。
[ 2020/02/28 08:25 ] 映画、ドラマ感想 | TB(-) | CM(0)

スタートレック:ピカード第5話「スターダスト・シティ・ラグ」

ピカードの右頬に横向きで6cmくらいあるミミズ腫れが気になりましたよね。切り傷が治りかけという感じで。後半のブルース・マドックスと話すシーンでは無いことから、この後の撮影のどこかで怪我したんだと思われます――嘘です。海賊くずれの演出なんでしょう(アイパッチのシーンでのみ目立ちます)。

※以下ネタバレ。

13年前、連邦士官になったイチェブがさらわれ、強制的なボーグ・インプラント除去手術に耐えられなかった彼は、救出に来たセブン・オブ・ナインに命を絶ってくれるように懇願します。

単に目玉を抜かれただけではなく、他にも致命的な部位を奪われてしまったのだと思われますが、セブンに連れ帰ってもらえれば、例のボーグ製ナノテクノロジーによって再生もできそうなんですが。

復讐に燃えるセブンは、イチェブを実の息子のように可愛がっていた、と。ドラマチックな尾ひれを付ける為に無理矢理、過去の登場人物を使い捨てているようにも見えます。

ブルースが、データの双子の娘をそれぞれ潜入させた理由は、AI禁止令の背後に暗躍する影を暴く為でした。そして、アグネス・ジュラティ博士はブルースの恋人でもあり、どうやら、この件に一枚噛んでいるようです。

このブルースの思惑が曝露された場面ですが、「その程度だったの?」というガッカリ感が湧きそうです。宇宙初の生体を持つアンドロイド――それもデータの倫理観を内蔵――を二体も使って(一体は無駄になり)、大きなエサをぶら下げて、ロミュランの秘密組織ジャット・ヴァッシュを罠に掛けようというわけなのでしょうが。

ラフィーには息子がおり、やはり火星のAI反乱事件をきっかけに親子関係が崩れてしまったのでした。事件の裏を執拗に追う母の姿を目の当たりにした息子と旦那は、いたたまれなかったようです。

と、まぁ、だんだんと粗が目立ってきた筋立てと構成に、「これはちょっとやばいぞ」と俺のイエローアラートが響き始めました。

今回のドラマは、物語の組み立て方が未熟な「設定厨」の手によって出来てしまったように思えます。構成と話の流れが、見ていられないほど稚拙です。プロデューサーによれば、「これまでとは一味違う大人向けのドラマである」という触れ込みなのだから、恐れ入ります。

そして、理想の24世紀を描いたTNGに挑むように、堕ちたスターフリート、Fワードを言う代表者、スラムのある25世紀間近の地球と、光あるところに影がある――現実らしさを強調してきます。

この主張はセブンのセリフにも現れていて、「ピカードは銀河に慈悲が存在すると思っている。その夢を壊したくない。誰かが希望を持っていないと」とまで言わせます。

俺の不満点:

①ピカードが迷走している。
スターフリートが実現させてきた理念を取り戻させたいと考えているようだが、彼自身がかつて持っていたはずの皮膚感覚がどこかへ行ってしまい、このドラマの世界ではもともと存在しえない空虚な理想論を誰彼かまわず主張しようとして、自らを死の危険に追い込むほど老いさらばえてしまっている。第4話のロミュラン専用カフェの出来事がいい例だ。

②命の価値が軽い。
イチェブがあんなにあっさりと安楽死を選ぶのは解せない。ボーグインプラントを除去されても、代替になる技術が連邦にはあるだろうし、セブンがいればボーグ製ナノテクノロジーを使うことだってできるはずだ。セブンによる派手な復讐劇を見せたかっただけでは?

③サスペンスタッチ。
アグネス・ジュラティ博士は味方のように思われていたが、実は……。彼女がどうしてあんな行為に及んだかは今後に譲るとしても、展開が安っぽい。推理小説の掟破り、実は探偵が犯人ですよ、に近いものを感じる。

④マドックスの考えが大したことではなかった。
5話まで引っ張ったあげくが、既に視聴者に見せてしまっている事実よりも、驚くものではなかった。改めて問う。マドックスはどうしてデータの娘を拵えたのか? ピカードと視聴者にとって、データの遺志が生きている意味は尊いのだが。安っぽい潜入工作をさせるために、史上最大の(再)発明を手放してしまうほど、愚かなのか?

簡単に言えば、かつて理想社会に貢献してきた登場人物達に、とても意地悪なディストピアを舞台としてあてがい、同じ活躍ができっこないことを視聴者に分からせる……そうした意地悪な作り。さらに、外連味優先で場面が出来ているらしいことが窺えて、見ている方は二度ガッカリ。

全ての発端である、ピカードがスターフリートの非人道主義を批難する為に自らの辞職をチラつかせるという行為、我々が知るTNGのピカードはこんなことしないのではないか? ケルヴィン・タイムラインの間に合わなかったスポック大使と同じく。我々の知るスポックは決して遅刻などしないだろう。そういうことだ。


現代ドラマとしてのピカードが納得いかないのは、彼の個性の描き方がどっちつかずなところだろう。かつての古き良きアメリカ人みたいなままなのか、それとも、普通の人間らしく傲慢で自信過剰になることもある老人としてなのか。

細かい性格描写が無いままで、サスペンスタッチで物語が展開していくために、視聴者のイメージするピカード像がブレまくってしまう。

劇中はとにかく背景説明に終始していて、とても人間ドラマとは呼べない。14年前の回想が出てこないエピソードは皆無といってよく、そこで語られるのはピカードの後悔でしかない。どういうフィーリングのピカードがその決断に至ったかが、少しも想像できないのだ。主人公の人となりは、過去のドラマからの借り物以外で正々堂々と描かれてはおらず、主人公の人物描写をこれほど放棄したドラマは珍しいだろう。

スターフリートを退くことが、ピカードの唯一の抗議であったなら、それは傲慢に見える。引退したピカードは、ワイン農園に引きこもって14年もの間、何もしてこなかったという。これはTNGのピカードなら、まずありえない。外交ルートで大使を買ってでて、スターフリートからは一線を引いてでも、人道支援やらを続けただろう。

こうした性格からくるであろう活動――生き様の違いを、スタートレック:ピカードはろくに描いていない。元タル・シアー(!)のロミュラン難民に慕われていて、農園の運営を手伝って貰っている、そんな妙ちきりんな場面ばかりをご丁寧に描く。このぶっ飛んだ設定や、ラフィーのような有能な副官がいた過去と、今回の人間くさい老人ピカードとが全くリンクしてこない。

ここが既にきちんと描かれているのであれば、ロミュラン専用カフェでの一件に、ピカードの思惑を視聴者が想像することができただろう。あの場面は何度見返しても、ピカードが何を示したくて、あんな態度を取ったのか、いまだにわからない。

ピカードは理想主義者なのか、それともただの呆けた老人なのか。今のままでは誰にも分からない。
[ 2020/02/23 00:03 ] 映画、ドラマ感想 | TB(-) | CM(0)

スタートレック:ピカード第4話「無垢なる自己」

4話を見ました。ピカードの行動でどうにも疑問に思うところがあります。プロットとしては、「絡まれたピカードを青年エルノアが救い、旅の一向に加わることとなる」というだけですが。

惑星ヴァシュティにて、ピカードはロミュラン専用と書かれたカフェに、その看板を取って捨てると、乗り込みます――喩えるなら、50年代の北米で、白人専用と書かれた店にキング牧師が単身乗り込むみたいなものでしょうか。

ロミュランが大勢見守る中、ピカードはロミュラン語でハローを連呼し、おもむろにテーブルに着くと、バーテンをロミュラン語で呼びます。誰も答えません。すると、ピカードを認めるロミュランの一党が話しかけてきます。彼らはピカードの英雄的な行為がスターフリートによって反故にされ、難民の移住が中途半端で終わったと因縁を付けてきます。曰く「あんたの感動的なスピーチはロミュラン全員の心を動かした。なのに、あんたは約束を守らずに、俺達はこんな星に移住させられてしまった。我々の危機的状況を利用して、我々をバラバラにしようと企んだ!」

ピカードは何をしたかったのでしょう? 滅亡する本星から移住させてあげたロミュランが他者との融和にとても消極的なので、彼自身の身をもって何かを教えてやろうとしたのでしょうか。それとも14年前はこうではなかったということなのでしょうか。

「無垢なる自己を示せ」がタイトルの一部に使われており、そういうことなのか、とは思いますが。原題はAbsolute Candor――Candorは公平無私、虚心坦懐といった意味で、Absoluteは無条件の、純粋な、疑問の余地のない、といった意味です。

それにしても、ピカードの行動は何かを生む余地があるようには思えません。もはや宗教的指導者の強い信念といったものになってしまっていて、現実的な範囲の博愛主義、人道主義からは逸れてしまっているようです。エルノアをカランクカイ(護衛)にさせるためならば、説得力のある行為ではありましたが。

劇中(第一話)でピカードのことを「人道主義者として有名な」と形容したあたりで、「おや?」と感じずにはおれませんでしたが、ピカードの存在を釈迦か何かに喩えようとしているのかな、と思ってしまいます。折しも、惑星ヴァシュティの戦士修道女クワト・ミラットたちの装いが明らかに東洋風なので。

ジュラティ博士「無垢なる自己を見せよ(Way of Absolute Candor)とは?」

ピカード「もっとも重要な教えだ。思考と言葉の間にフィルターを入れず、あらゆる面での意思の疎通を目指すもの。それはロミュラン人すべてが大事にしてきたものに逆行している」

と吹き替え版の翻訳ですが、英語原文の方がわかりやすいかなァ。

"It's their primary teaching: total communication of emotion without any filter between thought and word. And it runs entirely counter to everything that the Romulans hold dear."

拙訳: 思考から言語へのフィルターを全く必要としない、完璧な情緒のコミュニケーションのことだ。これは、ロミュランが守ってきたしきたりとは真っ向から対立する。

「あらゆる面での意思の疎通」ではなくて「感情による完璧な伝達」なんですよね。ヴァルカンは論理ですから、その反対というか。
「逆行している」じゃなくて、「正反対のことだ」の方がいいと思うんですよ。ロミュランが従うには、とても抵抗がある教えなんだ、というわけで。
[ 2020/02/17 02:02 ] 映画、ドラマ感想 | TB(-) | CM(0)

スタートレック:ピカード

Amazonプライムで3話まで見ました。サスペンスタッチですが、いまだに背景説明に終始していて、まるで展開しませんね。ようやく、ピカードを引き立てる新顔――視聴者にとって――が揃って冒険が始まるところ。

神視点による描写で、ピカード達が推理しているであろう敵役については、視聴者は既に見て知っていることになります。しかし、全貌は伏せられたまま。

※以下ネタバレ

老いたピカードは、ベバリーもライカーもウォーフもジョーディーも頼らず、ラフィーという耳慣れない女性士官を当てにします。しかし、ここまでの過程が長い。3話でまだ動かず。

スタートレック:ディスカバリー第2シーズンでAIの反乱が描かれているわけで、その続篇か、少なくとも根底のアイデアは受け継いでいるとみていいでしょう。TNGにはもともとデータ少佐という倫理的で善良なアンドロイドの存在がありますから、近年のAI反乱モノに対するアンチテーゼとなります。

そこに、我らがピカードが常に貫いてきた人道主義の価値観が被さり、現代的な排斥によって理想が失われてしまった宇宙艦隊との対比が映し出されます。911以降のアメリカや世界であるわけですね。

現実で理想を貫くのはなかなか難しいものです。これまでは24世紀の理想社会ゆえの、机上の空論と優秀な登場人物のおかげで全て解決してきたわけですが、今の老いたピカードには限られた人材しかいません。理想社会はほころびが目立ち、タルシアーらしき裏の顔に牛耳られつつあります。どこかの政権のように、腐敗しかけた民主主義を見ているようですね。

D型、E型エンタープライズといった旗艦ももはや登場できません。提督になったピカードは14年前に宇宙艦隊への抗議の意味も込めて退官してしまいました。またもや惑星連邦“ゲリラ部隊”に逆戻りしたわけです。

タルシアーよりも中国人俳優の台頭が目立ちますね。出資絡みでしょうか。もともと、スタートレックの舞台はグローバルありきでしたが、スタートレック:ディスカバリーと同様に白人以外の俳優に目立つ美味しい役どころが与えられているようです。

ロミュランの伝承によって、世界の破壊者とみなされるデータの娘。秘密組織ジャット・ヴァッシュはロミュランのブギーマンといったところでしょうか。

あのブルース・マドックスが、いわば神経幹細胞の伝で、データのニューロネットを有機体ベースに再現したようだ、とワクワクさせる外挿が冒頭で出てきました。

ロミュランは超新星爆発により難民となる一方で、遺棄されたボーグキューブをサルベージしてボーグ個体の再生を図る研究者組織が登場します。

ユートピア・プラニシアのアンドロイド反乱事件によってAIが禁止された経緯になっていますが、これには裏があったことが明らかにされつつあります。

魅力的なタイムラインを徐々に詳(つまび)らかにしてくれますが、まだまだ食い足りないエピソード。今後がとても愉しみです。
[ 2020/02/08 22:47 ] 映画、ドラマ感想 | TB(-) | CM(0)

Netflix配信ドラマの感想(2)

※以下ネタバレあり。

■アイアン・フィスト

語り口も軽妙で物語に入りやすいが、展開が致命的に遅い。時代は70年代回帰なのかなァと感じさせる。原作がそもそも、そういったカラーなのかもしれないが。

ノロノロしたプロットを追うのはとても辛い。二話の途中で脱落。


■メシア

宗教モチーフのドラマには気をつけるようにしている。劇中にあるように、宗教・文化の対立が現代の衝突の原因となっているのなら、ドラマ作りにはもっと細心の注意を払わなければならないだろう。視聴者もそうだ。

ダマスカスに現れたメシアは、女性軽視発言をする男に対し、毅然とした態度で批判的なセリフを言う。

監視するCIAのエヴァはユダヤ系であることがわかる。よきアメリカ人が好む、グレイターグッドの為にこうあるべき、という押しつけにならないことを願うばかりだ。

二話の途中で興味を失った。

「スタートレック:ディスカバリー」第2シーズンでは、“天使”により、第三次大戦中に救い出された人類の末裔が、全ての神を統合したという宗教の下、僻地の異星で共同体を営んでいるという描写が出てくる。そう簡単にいかないのが現実の宗教対立の難しいところであろう。理想に囚われると、こういった安直な発想だらけになってしまう。

■ラスト・キングダム

8世紀頃の統一されていないイングランドを舞台に、架空のヒーローを交えて描く歴史活劇モノ。BBC制作。

ゲーム・オブ・スローンズとはまた違った、ある意味“ベタ”なドラマ技法を感じ取れる。

第1シーズン前半くらいまでは視聴者に先読みを許す作り。なので、「はやく、そうなったところを見せろよ!」という、モタモタしてるなァ感と、じれったい気持ちで視聴することになる。

類型としては貴種流離譚のひとつなのだが、このヒーローが「ならず者」だというところが目新しい。当時のイングランドはキリスト教全盛の時代。襲撃者のデーン人(バイキング)はオーディンやトールをはじめとする北欧神話の神々を信じている。

主人公ウトレッドはサクソン人として生まれ、キリスト教の洗礼を二度も受けていながら、数奇な運命の果てにデーンの生き方を選ぶ。そこが軋轢の原因となって、ただ一つ残ったサクソンの王国ウェセックスのアルフレッド王から頻繁に頼りにされつつも、異教徒ゆえの矜持が信頼関係をこじらせる。

アルフレッド王は潔癖症とでもいった性格の持ち主で、息子の命を救って貰った経緯があるにもかかわらず、ウトレッドへの全幅の信頼をすぐに疑わしいものと考えてしまう。その理由は、異教徒であることを頑なに止めないウトレッドが、キリスト教のしきたりや役職にまるで敬意を払わないためだ。

型に縛られることを良しとしない「異端万歳!」な視聴者は、賢くていい奴だが時に怒りっぽくて後先を考えないワイルドなウトレッドをウェ~イと応援しながら見る、このドラマのファン層はおそらく、こういった図式。

そして、ドラマ中には、ウトレッドを貶めんとする敵(かたき)役が、手を変え品を変え、次から次へと登場してくる。

敵役の類型はかなりステレオタイプになっていて、裏切り上等が多い。それでも、主要人物には多少の幅が見られる。例えば、あの時は味方だったが今度は敵に回る、といった状況対応型だ。黒か白かでは判断できない人物もおり、時勢に合わせた動きをする。そうした登場人物の揺れ動きを眺めるのも、この歴史物フィクションの面白さの一つとなっている。

第2シーズンおしまいまで視聴した。
[ 2020/01/21 20:40 ] 映画、ドラマ感想 | TB(-) | CM(0)

Netflix配信ドラマの感想

下のタイトルに関する少々解題じみた感想です。
 ザ・レイン
 ウィッチャー
 NIGHTFLYERS/ナイトフライヤー
 ユピテルとイオ

※以下ネタバレあり。


■ザ・レイン(The Rain)

デンマーク製のドラマ。近未来ディストピアもの。

雨から感染する伝染性の病気で地表に居る人々はほぼ死滅する。

高校生シモーヌは、雨が降り出した当日、広がる雨雲から逃げるべく、父親の主導で母と弟ラスムスと一緒に車で高速に乗るも、転倒したトラックが道を塞ぐ。科学者である父は車を乗り捨て、一家を連れて、アポロン社の地下シェルターを目指して徒歩で森林に向かう。

シェルターに入ったのも束の間、父は「人々を助けられるのは自分しかいない」と告げる。「ここから出るな、弟を守るんだ。ラスムスこそ鍵だ。絶対に見つかるな」とシモーヌに言い残すと防護スーツを着用して森林に出ていってしまう……

視聴者の方が先読みして利口になれる演出。娘シモーヌの行動が愚かすぎて、見ている方はイライラする。最初から父の言いつけ通りにしていいれば、ネタバレなので言わないが、最初の犠牲者を出さないで済んだ。

極めつけは、この後シェルターで弟と二人だけで過ごした時間経過。なんだ、それは! 省略がすさまじい。

娘の回想から、父親の過去の言動にヒントがあることがわかる。弟のラスムスは父親が発案した特別な治療法で不治の病気を完治したらしいのだ。

アポロン社の研究者と思しき父親には、問題の雨と因果関係があるのだろう。この父親はかなり無責任な科学者だ。まず、高速でトラックが横転したいきさつも、彼のよそ見運転が原因。立ち往生したドライバー達を先導することもせず、彼は一家だけをシェルターに避難させる。当然、残されて雨に打たれた人々は感染してしまう。

第1話は密室劇のつくりだが、冒頭(雨による大殺戮)と末尾(5年経ちました!)の急展開以外にドラマがない。ボトルショー(低予算)っぽい見せ方で、似たディストピアものの多いアメリカ製とはまた違う展開に唖然。俺は第二話で中断しているところ。全部見ないセンが濃厚。


■ウィッチャー

第一話はイマイチ。第1シーズンを通しで見たら、退屈な展開のエピソードと、ノリの良い展開のエピソードとに割れる。第一話を視た限りでは、さほど予算をかけられないことが覗われる(ゲーム・オブ・スローンズを見たことがある人なら、なおさら)。脚本と演出によってエピソードの出来はまちまちのようだ。

ゲラルトはゲームを意識させる鎧を着用しているものの、イメージはかなり違う。若々しいボディビルダーが白髪のウィッグと黄色のコンタクトレンズを着用して演技している。男優はイケメンには違いないが、ゲームの老いぼれ感あふれる白狼(最初のゲームの設定はグレイト・ウォーから5年後)が好きだった俺はちょっと違和感を抱くし、左眉にあった傷も実写では再現されていない。吹き替え声優も違う。

なにより、ゲームのゲラルトは頭身が高いため、実写のマッチョ・イケメンはその筋肉のおかげで、甲冑の腕が短かったり、なで肩に見えたりしてしまう。さらに、ウィッチャーの使う印や秘薬の説明はドラマ中では一切出てこない。いきなり、三本指を突き出して衝撃波!は滑稽かもしれない。初見の人はさぞやチンプンカンプンなことだろう。

とはいえ、小説の冗長さでめげた人でも、ドラマなら我慢できそうだ。ゲームではキャラクター解説での描写しかなかったような、ゲラルトとイェネファーの、ジニー(*)を巡るくだりもエピソードに盛り込まれている。
 * 「ジニー」という呼称は、D&Dをプレイしていた俺らしい誤記。ドラマ中ではジン。

キィア・モルヘンは最初のゲームではケル・モランと英語発音されていた。後に統一されたようだ。今回のドラマもキィア・モルヘンで倣っている。そんな中で、ドラマではダンディリオンが別名で呼ばれていることに驚く。ゲームでも小説でも、ダンディリオンはダンディリオンのまま(=英語圏での呼称)だったからだ。

ゲームでは赤毛の白人だったトリス・メリゴールドは、ドラマでは、焦げ茶髪で天然パーマの浅黒い肌の女優さんが演じている。ゲームでの主要登場人物のほとんどは、ヨーロッパらしく、白人ばかりだったが、ワールドワイドのドラマでは――特にアメリカを意識してか、俳優にアフリカ系の登用が多い。

フリンギラが黒人というのは、かなり異質。めちゃくちゃ悪人じゃないか。

ドラマではエピソードによって時間の経過がかなりある。中には数年~数十年経っている時もあるらしいのだが、テロップでの表記がないため、視聴者は出来事の時系列がハッキリせず、かなり混乱させられる。特に、ウィッチャーや魔術師たちの見かけは歳を取らない設定であるため。

テロップと言えば、城塞都市の遠景には地名を被せてもよかろうと思うのだが、それもなし。シントラは見ているうちに分かるとしても、テメリアやヴィジマを遠景で見せることができれば、ゲームから入った人には親しみが湧いたはず。

フォルテスト王とストリガのエピソードは、初期ゲーム体験者には嬉しかったはず。ウィッチャーの戦い方もほぼゲームのまんま。最後に爪でやられるオチまで同じ。

物語はゲラルトとシリが再会するところで1シーズン満了のため、大局ではろくに進んでいない。見てから、ゲームのウィッチャーIIIワイルドハントをプレイすると丁度よさげ。


■NIGHTFLYERS/ナイトフライヤー

これが最大の食わせ物。ジョージ・R・R・マーティン原作の70年代の短篇SFを元ネタに脚色したドラマ。一言で表すと悪趣味。

どこかで見たイメージの借用ばかりで独創性も乏しく、エピソードもぱっとしないままのオンパレードで、その結果、見事に打ち切り。

冒頭の斧を持った狂人はシャイニングを彷彿とさせるし、植物のドームをつけた宇宙船は「サイレント・ランニング」か? 宇宙船のマザーコンピュータが反乱するプロットは「2001年宇宙の旅」の亜流だし、意識をコンピュータ網に電送するのは映画「マトリックス」やサイバーパンクのはしりというよりも、時代感のある古臭い「マックス・ヘッドルーム」を思い出させる。

出てくる超能力者はクローネンバーグ監督の映画「スキャナーズ」でしかないし、トランプ遊びが出来るほど仲良くなったのにアレとか、とにかく登場人物の描かれ方が酷い。

ヴォルクリンとの交流をきちんと描くなら、映画「メッセ-ジ」的なものになりそうだったが、前述の「2001年宇宙の旅」の「木星とイオの彼方」シーンを、アンドレイ・タルコフスキー監督の映画「惑星ソラリス」のオチで締めたような感じに終わった。ヴォルクリンから始まる謎は謎のまま残り、ほとんど消化されなかった。


■ユピテルとイオ

またもやディストピアもの。将来の地球を描かせると、今の流行は「生存不可能なほどの荒廃」や「人類存亡の危機」に行き着くらしい。

邦題が意図を汲もうと努力しすぎて不明になった例。ユピテルってのはゼウスだってことなんだろうけど、ちょっとピントがずれている感? イオというよりはレダだったしね。小品としては悪くないドラマだったけれども、テーマが弱いし、その割に時間が長い。「無人島に暮らす女王」的なお話しの一遍で、要はシングルマザーの心理だった。曰く、自分は故郷を捨てることはしないし、順応できる力強さを身に着けた。貴方のおかげで子供もできた。これからもこうやって生きていく(認知は求めない)。

「スタートレック:ディスカバリー」のショートトレック編「宇宙の恋人」と方向性がよく似ている。こちらは正味わずか16分にもかかわらず、マイフェア・レディに乗せた大宇宙の孤独と別離がよく描かれていた。決して沖に出ることの無い「女灯台守の初恋」といった風だ。
[ 2020/01/17 15:33 ] 映画、ドラマ感想 | TB(-) | CM(0)

スタートレック:ディスカバリー、アリやナシや?

全二シーズンとショート・トレック短篇をお終いまで鑑賞。ミステリ小説に喩えるなら、事件が惨憺たる結果に陥って、それでもなお、探偵が名推理を披露したことによって突破口が開かれて、あれほどの難事件が無事解決できた! というような内容だった。

一言で済ますなら、派手でエモい。SFというのはある種、理屈の積み上げで逆転――先の例で言えば、名推理――する筋書きがある。ゆえに、前半のヒントから、クライマックスの逆転劇を推理する愉しみがある。ともすると、理屈の飛躍がSFだけに突飛で、「その材料から、そんなことが出来るなんて思いもしなかった」ということもある。これは、未来技術的な裏付けをあらかじめ知ることができないせいだ。

「球体に遭遇したときの周波数を再現して○○の周期を人工的に早める」とか「胞子ドライブを起動させたままにして○○ネットワークの中に居続ける」とか。70年代パルプフィクションのスペースオペラを読んでいるような荒唐無稽な感じだった。

都合のよい荒技を光らせるために、整合性は特に重要視していないようにも受け取れた。ニューエイジっぽい発想もあるせいで、科学考証となるべき基盤すらない。道具立てがフィクショナルなので、深く考えたら負けだ。

ここまでが「派手」の部分。エモいに関しては……SFは割とドライな論理思考が採用され、終始落ち着いた調子が多い。人間ドラマは、弁護士ドラマの法廷シーンのようで、“全米が泣いた”のような感動巨編とは距離をおいている。「どうだい? 感動するだろ?」と見せびらかすような演出よりも、「なるほど、そういうことか」と、地味に響いてくるタイプの仕上がりになりがちだ。スタートレックという作品は、どちらかと言えば後者に属するものだと理解していた。

ところがスタートレック:ディスカバリーでは、主人公は英雄でありつづけ、その行動が他者へ伝播し、一丸となって物事に当たる。惑星連邦やその憲章、思想が理想論として機能すべきだとは思うのだが、一連の主人公達が危難を乗り切った先に待ち受ける運命を、いとも容易く一致団結のもと、受け入れてしまう。どうにも、こういう筋書きは苦手だ。

オリジナルの「さらば宇宙戦艦ヤマト」もやはり自己犠牲により他者を救う結末だが、あの沖田艦長が「古代、君にはまだ命があるじゃないか」と、特攻を諭すくだりから、「これの意味するところは別のものに違いない」という拒否反応が湧いて後味が悪かった。

スタートレック:ディスカバリーにはそういう雑味は上手く調理されて見えてこない。あくまで崇高な目的のため――全知覚生命体の末路を救うために、レギュラーメンバーらが進んで犠牲になっていく。犠牲と一口に言っても、(カトリーナ・コーンウェル提督を除き)命を落とすのではなく、現在には帰還できない片道切符の旅というだけだ。一人なら旅先で孤独に陥ってしまうが、仲間が居れば、それなりの村社会として機能できる未来がある。

ドラマの作りとしては優等生過ぎるのだ。英雄たろうと努力する姿には、幾度も挫折があり、紆余曲折を経て己を取り戻していく――確かにそこが見所ではあるのだが。現実で生活している私たちを重ねるには、あまりにも貴い。「ピカードやジェインウェイなら、こんな時どうするだろう?」両者とも、片道切符の旅へ仲間を誘うような境遇には、幸いなことにならなかった。だからこそ、比喩が利く。

「永遠への旅」で第1シーズンのピカードは出会ったばかりのクルーを勇気づけて裂け目へ特攻を図った。それは勝算あってのことだ。ジェインウェイも時空侵略戦争で特攻したが、左に同じ。生き別れにはならない! 

最初の頃、ピカードはQに翻弄されて間違った判断を下してしまった。老人になったピカードはイルモディック症候群で正気を失ったただの老いぼれにすら見えた。完璧な者など居ない! 語り口は稚拙だったかもしれないが、普遍がTNGにある。

スタートレック:ディスカバリーには普遍性が残念ながら乏しい。皆がマイケルのようにはなれない。ピカードを志すことはできるかもしれないが。

TOSのスポックが人間の中で孤立したのは、感情を捨て去るヴァルカンだったからだ、という筋立てには普遍性があった。それはTNGのデータのケースでも通用した。

マイケルはその育ちから半分はヴァルカンも同様で、既に十二分に理知的である。そのくせ、感情面もTOSのスポックとは異なって、恋愛こそ未体験だったが、愛情表現には不自由しなかった。マイケルの判断力、決断力には舌を巻く。その有能さ、即応力に親近感は湧いてこない。さらに、ストーリーに都合のよい駒としての働きが強すぎた。

運命的な筋立てはドラマティックであるばかりか、普遍性を遠ざけてしまう。感情移入しやすいのは、むしろ、ケルピアンのサルーのような脇役だ。ティリーは、視聴者代表の“一般人”として共感を呼んだに違いない。二度目の命を授かったカルバーが自己を見失って恋人を敢えて避けてしまう描写も、現実に通底するものがあった。

以上がエモいことの理由だ。過剰なエモは私の好みでない。
[ 2019/12/29 17:15 ] 映画、ドラマ感想 | TB(-) | CM(0)

スタートレック:ディスカバリー

評価が割れているという前情報だけで視聴を始めた。某男性アイドルユニットを扱った番組のせいで無料体験がなくなってしまったと噂されるNetflixで視聴。

……想像以上に面白かったので、俺は支持派に回る。

これまでのシリーズとは打って変わって何もかもが違う。ところが、エッセンスは上手く取り込まれていて、いろいろな思惑が伝わってきた。

造形の異なるクリンゴンは、カノン(聖典)の書き手が変わったのだと喩えることができる。誰でも自分の筆のクセ――描写をする際の感性の違い――というものがあるものだ。だから、見かけの違いは、文章で言うなら「翻案が違う」という解釈で受け取れる。

TNGのあたりから、クリンゴンは主要な臓器が二つある、死ににくい構造という設定になった。外見的に感じさせようとするのなら、あの改変も理屈に見合う。大柄な体躯はもとより、二重の鼻の穴、特徴的な額が自然に融合して落ちくぼんだ目など。怪物的に見える必要性もデザイン変更の理由なのだろう。

メカデザイン上の差異は、おそらく、商業主義的にリブート版映画と違和感のない範囲に収まるように調整されたのだろう。画として出てきたことのないアキラクラスみたいなシンジョウは、ブリッジが下方にあって個性的だ。ENTに出てきたエンタープライズをも連想させる。

主役船のディスカバリーは、純粋に記号としてのデザインから作られたのだろう。オープニングで如実に表されるシルエットが象徴的で、胞子ドライブ起動時に回転する船体は外連味溢れる演出上の理由から出来ているとしか思えない。

肝心の内容は、明らかにトレッキーが作ったに違いない設定がてんこ盛り。テクノロジーの設定が23世紀、24世紀ごちゃ混ぜにも思えてしまうが、ビジュアルとして既視感のある(通底する)ものを利用しないのはもったいない、という作為が優先されているのだと思われる。

筋書きは、映画「カーンの逆襲」で見られたような活劇スタイル。スタートレックには実に様々なスタイルがあり、例えば、TNGの一話完結タイプがオーヴィルに受け継がれている。TOS時代に遡ると、カークが女と見れば口説くことに目をつぶれば、当時としてはかなり斬新な(とはいえ、決して画面映えしない)舞台劇のエッセンスがあった。そうした趣向を、現代的な作風で強く遺そうと画策しているのが窺える。

理想社会における「調査任務」や「未知の発見」は、「挫折を乗り越える個人」と「共生する世界」のテーマで進化されていく。

かつてENTが担おうとしていた新しいドラマはご存じのように成功しなかった。脚本が悪く全体の構成が付け焼き刃だったからだ。「スタートレック:ディスカバリー」はその点、違う。構成ありきで練られていて、長大なパズルのピースとして作用するようにエピソードが丹念に積み上げられていく。

カノンで描かれていなかった「クリンゴンとの戦争勃発」「クリンゴンの遮蔽技術」などが、ファンなら一度は言及したであろう特記事項として、巧みな語り口の中で材料となる。

なにより「物語として」主役が強く際立っている。ご時世に合わせて女性主人公だが、男性視聴者なら、(マーベルヒーローのように)男性バージョンで見たくなるような熱いものだ。

ご多分に漏れず、類型は「一回失敗した英雄」もの。そして、奇特な船長の「寄せ集め」部隊。

さらに、現代を感じさせる「量子力学のエンタングルメント」がSFテイストとして活用される。広大な銀河は宇宙菌類のネットワークによって繋がっているのだ! 「砂の惑星DUNE」の思想にも近いものだろう。

TOSでは息抜きのように盛んに出てきたミラーワールドすら、「多元並行宇宙と胞子ドライブ」の理屈から導き出されていく。

テラン帝国の軍人をイミテートするうちに、主人公は、自分の良心が屈してしまわないか不安になっていく。この心情はまさにHBO作「ウエストワールド」の出発点だ。人間が何をしても許されるテーマパーク、それがウエストワールド(ホストにとっての悪夢=ディストピア)であるのだから。

かように、視るにつれてトレッキー魂が炸裂していくし、近来稀に見る豪奢なSFとしても仕上がっている。発想としては、やや古い70年代ニューエイジを匂わせるものだが、「量子もつれ」や「地球環境悪化」によって、むしろ現代に相応しい「ガイア仮説」に落ち着くものとなっている。視聴者にある種の覚醒を促し、オーヴィルとはまた一味異なった啓蒙で気持ちよくなれる。
[ 2019/12/23 23:57 ] 映画、ドラマ感想 | TB(-) | CM(0)

TVドラマ「リーサル・ウェポン 第3シーズン」

映画「リーサル・ウェポン」シリーズといえば、メル・ギブソンとダニー・グローヴァーの刑事バディもので、80年代後半から90年代にかけて都合4つ制作された。

白人と黒人という組み合わせはこれまでにもあったが、絶望している若造と家庭を持っている中年とのコンビは異色。ダニー・グローヴァー演じるマータフ刑事が当たり役で、このおっさんの家庭的な人柄にほっこりしたのは俺だけじゃ無いはず。

シリーズを重ねるごとに登場人物が増えていき、コメディ色が濃くなっていった。詐欺師のレオは少々やり過ぎ感があるものの、アットホーム的なノリはまぁまぁ悪くなかった。この時期の刑事ものには他に「ダイ・ハード」があり、どちらも個性的な物語とキャラ立てで一世を風靡、ご存じのようにシリーズ化されている。

さて、映画「リーサル・ウェポン」をTVドラマ化した作品があるわけなんだが……。ぶっちゃけ、あの映画がどうしてこうなる?的なシロモノは多い。これも設定こそ同じだが、マータフ刑事は長身の黒人俳優(しかし年齢は50代)が演じており、ダニーが演じたような、見かけも中年真っ只中のおっさんくさい雰囲気はそこにはない。

それもそのはず、TVのマータフ夫人は夫に隠れてポルノ作家として大成したことになっており、そのおかげでマータフ家は刑事の安月給ではあり得ないようないい暮らしを既に手にしている。もはや、トレンディドラマである。

一方で、肉体兵器、心に傷を持ったマーティン・リッグス刑事の役どころがTVではもの凄く浮いて見えた。安心して視聴できるバディものとして、演出も軽いノリであり、全体的にオシャレな、いわゆるスタイリッシュな調子になってしまっていたのだ。

リッグスのイカレっぷりに振り回されるマータフのコンセプトは同じだが、リッグスの「妻を失った苦悩」を共感できるような喪失感として描くのは、TVサイズの能天気なノリではかなり難しい。コメディ色ものっけから相当に濃く、一視聴者としての俺は早々に飽きてしまった。

ところが、第3シーズンでは、銃弾を受けたマーティン・リッグスに変わって主役が交代するのである。タイトルの“リーサル・ウェポン”が居なくなってしまうのだ。

交替したウェスリー・コール刑事の役どころがなかなか当世風になっている。心に傷を持つ設定は同じながら、離婚した妻と12歳の一人娘がいるのだ。このさじ加減がTVサイズ的に丁度マッチしていた。

苦悩すら破天荒だったリッグスに比べて、地に足の付いた分かりやすい寡夫像。12歳の娘マヤを預かっている最中に、例によって事件に巻き込まれていく。このマヤとの交流エピソードがいい感じでとても微笑ましい。また、元妻は別の男性に夢中。コールはそれを冷めたはずの気持ちで見送る。

マータフ家でも息子や娘の進学問題、躾問題が話題に上るわけで、コールが娘と過ごすことを知ったマータフがお節介に一言レクチャーする辺りなどは、アクションもので飽きの来ていた展開に、家庭的な一面を上手い形で導入する興味深い新機軸だった。

俺が感じた好感触とは裏腹に、主役交代で視聴率が低迷したTV版リーサル・ウェポンは第3シーズン15話で打ち切りになる。

いや、オレ的にはショーン・ウィリアム・スコット演じる真面目なコールの方が、いかにもなリッグスより、なんぼか良かったんだけどなァ。アメリカンは、リッグス役クレイン・クロフォードが大見得切ってやるような雑い演技に熱くなっていたのだろう。なんでも、降板の理由もクレインに落ち度があったというし。マータフ役デイモン・ウェイアンズにも続投の意思はなく、視聴率ダウンが渡りに船だったようだ。
[ 2019/11/16 03:45 ] 映画、ドラマ感想 | TB(-) | CM(0)

アラフィフおっさんの為の麻酔コンテンツ

「まだ結婚できない男」

前作「結婚できない男」は、どちらかというと「結婚できない男」をダシにした「結婚できないアラフォー女」の物語でした――桑野信介はあまり主体的には喋らず、周りの女子に弄られる存在だったのです。

今回も、その役回りは踏襲されているようですが、桑野はもっと喋るようになり、役柄もより深く掘り下げられました。憎まれ口を欠かさず利き、相手の心情など理解しない、根本的に欠陥のある男として、ハッキリと“立つ”ようになっています。

現実に桑野タイプの男性はよく居ます。例えば、雑学を駆使してマウントを取りたがるようなヲタク指向の人物なども、この類型でしょう。桑野の性格で救いがあるのは、真っ正直で堂々としているところです。媚びたり、顔色を覗ったりするような態度は微塵もありません。

現実の人物だと、桑野タイプの性格に加えて、おべっか使いやら、大言壮語の傾向などが付随して、ますます醜いタイプになるものです。フィクションの桑野にはそういう部分はなく、実に「さっぱりした嫌みなヤツ」として纏まっています。

ドラマでは、嫌みなヤツである桑野が、なぜだか女子の居る場の中央に登場します。世界は桑野の周囲で回っていて、「また嫌なことを言って」と抗言しつつ、女子たちは桑野に遭遇しては彼を気にかけてしまうのです。

アラフィフのおっさんにとっては、ハーレム並みに羨ましい構図です。デリカシーの欠けた一言を放っても、相手は「仕方がない」と認めてくれるのですから。

うだつの上がらない男性の晩婚化、未婚化はもう随分前から当たり前になりました。婚活という言葉すらまだなかった13年前の前作タイトルは、目の付け所が良かったと言えるでしょう。

前作では結婚適齢期を気にしている女性の視点が大きく巾を利かせていて、桑野をターゲットにしつつも一人脱落(譲り合い)し、また一人脱落し、最後に女医:早坂夏美が告白したものの、桑野には「結婚の気はない」というオチでした。

前作で、桑野の母は息子の嫁探しをしていましたが、今作では達観モードに入り、嫁候補の女性に「結婚はしないでいいから、親友で居てあげて」と言うに留まります。世間的な風潮の変化をも感じさせますね。

高級マンション隣人の若い娘を主役とした視点も、ドラマではかなりの重要度を占めています。基本的にトレンディドラマの亜種ですから、若いコの客観でみる50代のおっさん「あるある」も取り入れられているわけです。

若い女性の立場からすると、不条理や非常識に変なことを言われた、泣かされた、というのが今回の目玉でしょう。俺もこういった場面を見るにつけ、思い当たるフシがあったりしますわ…… 

前作では、若いコらしいやんちゃぶりが他の女性登場人物によってたしなめられる、引かれる、という場面もありました。ドラマとしてはかなり公平中立に世代の違いを表していたようです。

また、桑野視点の「あるある」は前作譲りです。行きつけのコンビニで必ず買う品物とその品物の掴み方、復活したお菓子を知っている世代らしい反応、などなど。

13年の経過でガラケーがスマホになり、レンタルビデオ店が無くなり、かかりつけの医者がかかりつけの弁護士に変わりました。高級マンションは玄関扉の外観が、今風に模様替えされました。相変わらずの、週末の妹夫婦の自宅で会食に加え、妹の旦那といきつけの高級バーで飲む機会まで増えました。

桑野の母は老人ホームには入らず、自宅をリフォームして住んでいます。妹夫婦の娘(姪)は成長して、桑野を時に厳しい目で見つめるティーンになりました。

桑野は悠々自適に独身貴族を謳歌し、隣人の売れない女優のパグ犬のことを気にかけながら、今日も大音量でクラシックを聴いたりしています。結婚しない男の「お一人ぶり」を自信満々に見せつけるTVに、世の独身男性どもは「リア充め」どころの話ではなく、一層うらやましさを募らせてしまうのです。これはもう、実写なのに、ラノベの世界。ウラヤマシス。
[ 2019/11/14 02:38 ] 映画、ドラマ感想 | TB(-) | CM(0)
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